まだまだ,海外生活経験児童・生徒には,正確な情報を提供しなければ 

 

 [子どもの進学できる学校はありますか]       

 

 高校入学試験を目前に控えた一月中旬に,中学三年生の「吉野高太朗」が米国から帰国してきた。高校入試に間に合いたいために,父親の転勤を待たずして母子で日本へ帰国してきた。その為に,母親と子どもには高校入試のことしか頭の中になく,切羽詰った気持ちであった。K中学校に入ってきた吉野の母親は,入ったその日から高校入試のことについて帰国子女教育担当者の「A教諭」に質問してきた。しかし,判断資料となる資料がないことから翌日来校することになった。資料を持参し来校し,入学したい高校名を聞き出してみると,有名高校を片っ端から挙げだしたのである。

「帰国する前に色々な学校を調べてきたんですが,こんな学校を受験させようと思っているんですが」

「ほかの学校は希望しませんか」

「いえ,ちょっと分からないもんですから,良い学校があれば?」

「ここに挙げてある学校だと,一つも合格できないかも知れませよ」

帰国する前の学校の成績や,日本のテストを通信で受験した業者テストの結果を見せてもらいながらの話の進めた。

「厳しい言い方ですが,これは全部かえないとだめですね」

「でも,帰国子女の特別枠で受けると有利ではないんですか」

「特別枠とよくいわれますが,本当の意味での特別枠を設けているところは少ないんですよ」

「帰国生だけ成績も特に配慮してもらえるんでしょ」

「いいえ,そんなものではないんですよ。学校の世間体をよくする,宣伝の一つくらいに考えていたほうが良いですよ」

「え,そうなんですか。じゃ,考え直さないといけないんですね」

「そうなんですよ」

「でも,帰国子女枠があるといわれていたもんですから,もう入れるものと思い込んでいましたし…,これしか考えていなかったものですから…,面接だけでいいと思っていたものですから…,本当にショックです」

一気に谷底に蹴落とされたような落胆の様子である。

「先生,帰国子女特別枠って優先的に帰国子女を入れてくれるんではないんですか」

「そうあるべきですが,本当にそうしている学校は少ないんですよ」」

「海外にいると,帰国子女受入れの学校が増えて喜んでいたんですが」

「そうなんですよ」

「文部省も,ただ単に帰国子女受入れ校としての指定をしているだけなんですよ」

「何かチェックしていないんでしょうか」

「ただ文書などで報告書を出させているくらいですから」

「そうなんですか」

「帰国子女に対しての理解ができていないんですよ,海外の国々で苦労して学習していることをもっと評価してやれば当然その対処の仕方があると思うんですがね」

「そうですよね」

「これは今すぐ要望を出しても解決できませんが,少しでも気が付いた人が言っていかないといけませんよ。これは,毎年同じことの繰り返しなんですよ。文部省も予算をとって少しでも金を出しているんですから,もっと厳しく,帰国子女の優先枠入学の要望を出してもいいと思うんですがね」

「そうですよね」

しかし,ここではもう時間的な余裕はない。正確に日本の高校入試の情報を教えてやらなければならない。単刀直入に切り出した高校入試の情報に,戸惑いはあったが,

「お母さん,高校では帰国子女教育の為の特別枠を設けているといわれていますが,これらの学校は表面的に体裁を整えているんですよ,しかし,その実態は,数少ない学校しか一般生徒と別にしての入試は行なわれていないんですよ」

「そうですか,家の子が入れる高校はありますか」

「全然ないわけではありませんよ,でもお母さんやお子さんが納得できるかどうかですが,有名校即ちいい学校ではありませんよ」

「それはどういうことですか」

「お母さんがリストアップしてきた学校とは有名度において落差があるんですよ,でも丁寧に教えていて評判は良いですよ」「もう,入れていただける学校なら良いですよ」「それでも,少しでも良いといわれている学校のほうが良いでしょうね」「はい,そういうところがあれば教えてください」「でも,男子高はあまりないんですが,このM校,T校,I校はどうですか」「あ,これは昔,聞いたことのある学校ですね,女子高ではないですか」「最近,男女共学にかわったんですよ,帰国子女枠での募集人数は少ないんですが,別枠で入試をやりますし今年は二日に渡って入試をしますから,応募者は少ないと思いますよ」「そうですか,じゃ,その学校を受けるようにしたいと思います」「そうですか,それならば即,むこうの教頭先生に連絡を取って面談を色々な話しを伺ってきたほうがいいですよ」早速,翌日から母親はリストアップし直した高校に出向いては,担当者や教頭・校長に会い面談をしてもらい,5校ほどの応募要項を手にし検討し,受験希望校を確定してきた。この間,母親は高校間を飛び回った。入試が二日間に渡って行なわれることから負担は大きいが母親と子どもは受験を決めた。初日の入学試験は,その日のうちに合否を決定し,発表があった。待ちこがれていた初日の発表では合格者の中に名前があった。二日目も緊張して入学試験に望んだかいあって,合格することができた。母親の電話での声は涙ぐんで言葉をやっと出している様子が目の当りに伝わってきた。

 

 どのようなことが 

全体的風潮

 日本国内外を問わず,高校進学は当たり前という風潮になってきた。日本にいる児童生徒は,学校が終わってからの塾通いが一般的風潮になってきた。これと同じように,海外でもここ10年程の間に,進学塾が日本から進出し,海外の主な都市に開設してきた。また,この塾の企業努力として教育相談活動を活発に展開してきた。この際,日本の高校・大学進学は少しくらいの努力では入学試験を突破することはできない。と,盛んに受験に対する戦闘意欲を盛り上げてきた。この結果として,保護者は塾の思惑にはまってしまい,高校入試に対してシビアに考えるようになった。この考えのもとに保護者から,高校・大学入試に対して厳しい要望が企業を通して文部省に寄せられた。これ等の要望に先駆け,文部省はじめ関係各県教育委員会は,海外各国の学校で母国語以外の言語のもとで苦労を重ね,日本の学校教育の学習ができなかった帰国子女を援助するべき「帰国子女教育研究協力校」を指定してきた。指定を受けた国公立,私立各学校では様々な分野にわたって帰国子女の受入時,受入後の方策について検討してきた。その結果,国立,私立学校では,その方策の一つとして入学試験時に帰国子女のみを対象とした入学試験を実施していく方法を考案してきた。この試験の実施方法については,面接や,論文を課したり,外国語による面接だけを実施したりする学校も出現した。また,生徒の生活環境の変化に伴う指導態勢から,帰国子女だけの学校を設置しようと,学校(国立1校,私立3校)が設置された。しかし,これだけではまかなうことができないことから,首都圏を中心に「帰国子女教育研究協力校」を幅広く指定してきた。これにともない「帰国子女受入校」を標榜する学校も急激に増えてきた。保護者は当然のごとく,帰国子女受入れの学校では,帰国子女を優先的に受入れ,入学後も補習教育や未学習教科の補完教育をしてくれるものと,期待を込めて受験してきた。しかし,この保護者達の思い込みと,期待は現実の対応で打ち砕かれた。本当の意味での帰国子女受入れを実践してきた学校はほんの一握りでしかなかった。私立学校では中・高校段階では,“帰国子女受入れ校”を標榜することによって,学校の評判がよくなり,“あの学校は,いい子ども達が来ている”との評価を期待している学校もある。さらに,文部省からの補助金も少しではあるが出して貰える,これで“一石二鳥”になると考え,文部省指定を受けている学校もある。その為に,帰国子女が現実に困っていることについて,本気で取り組み,日本の学校教育に適応するための,補完教育は殆どの学校で行なわれてこなかった。しかし,その実態は,保護者の間には如実に分からず,ただ入試の際の受入れのみに関心を固執してきた部分があり,適応教育についての実態にまで目を向けることができずにいた。さらに,学校選択の際には,著名中学・高校ばかりをリストアップし,内容の検討よりか世間の風潮そのもので,標準偏差値一本での選択をしてきた。著名中学・高校イコール良い学校というレッテルを貼り,著名学校以外はろくな学校ではないと思い込んでしまっている。その為に,入学の際のことばかりに眼がいき適応教育・補完教育・補習教育といった帰国子女にとって大事な入学後の教育には関心を持たないで,名前だけを信用してしまい入学手続きに追われている保護者が多い。帰国子女は,自分の学力を的確に把握しないで,次々と「帰国子女受入れ」と名乗っている学校や,著名な学校を受験し,合格通知を手にしても,より以上世間的に著名な学校を数多く受験している。その中でより著名な学校に合格すれば今迄に合格してきた学校を辞退してしまう。その為に,少しでも力を入れて帰国子女教育をやろうとしていた学校でも,合格者が次々に合格辞退をしていくことから,やる気が失せてしまった面もある。また,本当に学力的にも適応指導が必要な生徒の保護者側にしてみれば,“帰国子女受入れ校”と銘打っていれば,入学試験は,一般生徒とは別に,帰国子女用に特別の面接試験だけでOKと思い込み,これ幸とばかりに受験をしてきた。しかし,学校側としては,これらの帰国子女を受験させてみたところ,日本語力不足の帰国子女の入学後の適応教育を考え合格させることをためらっている学校も出現してきた。しかし,保護者側は,“帰国子女”と銘打って受験・入学したならば,受験時や補習教育・補完教育は当然のこととして,手厚く適応教育をしてくれるものと思い込んでいる保護者が多かった。しかし現実的には“帰国子女受入校”を標榜しているだけで,入学時や,入学後の対応も,一般生徒に対する対応と何等変わらず,補講等の手当も施していない学校が多い。反面,最近,積極的に受入を推進し,受入後の補完教育・補習教育をきちんと実施している学校も,少数ではあるが存在している。

 

 解決への道 

 高校入試というと子どもにとっては一大事であることや,滞在地で色々な人から日本は高校入学・大学入学は大変厳しい状況である,という噂が乱れ飛んでいる。また,この際に,日本から進出している塾からの情報は,この噂に拍車を掛けている。そのために,日本に帰ったら早速塾に入れさせ,少しでも受験に備えた学習をやらなければ行けないという思い込み心が出来上がってしまっている。また,保護者は,著名で標準偏差値が少しでも高い学校を目指して受験をしようとしている。さらに,著名でない学校名を巧く口にしないと,自分のうちの子どもは,そんな悪い学校には行かせられませんという保護者もいる。この著名な学校がすばらしいという神話を的確な情報を元にして,学校選択の基準を示してやる必要がある。進学塾が作成している標準偏差値の一覧表で,あまり高い評価を受けていない学校の状態などは知ろうともしないで,ただ単に標準偏差値が高い学校にだけ目を向けている。これは,標準偏差値が低い学校は,悪い学校というイメージを頭の中に持ってしまっているからである。学校選択の判断基準として生徒自身の性格は大事にしなければいけない。しかしこの点などを考えに入れず,ただ,将来大企業に入るためには,著名大学を卒業していなければならないと思い込み,進学状況と標準偏差値のみで判断し,自分の子どもの性格などは考慮の対象にしていないことが多い。したがって,学校選択の判断基準として子どもの性格を尊重するよう徹底し協調する必要がある。この性格が大きなウェートを占めていることは,標準偏差値に気を取られている保護者は気付いていないことが多い。したがって,標準偏差値の持つ意味あいを話しながら,帰国子女に対して受入れ後の教育を実行している学校を正確に示しながら対応していくことによって,保護者の考えを方向転換していくことに成功した。このように,進学するべき学校の対応の仕方を正確に把握し,保護者の頭の中にある誇大不的確情報を適切な情報にしていく必要がある。

 

 実行処置は 

 帰国子女の保護者は,帰国子女が言語の何も分からない国々で苦労して語学をマスターし,学校でも学習ができるまでの語学をマスターしたのだから,日本での学習は遅れていても,学習さえやり始めれば,日本に居た児童生徒と同じ位の学力はマスターすることができると思い込んでいる。このような状態であるから,特別指導を必要と思っていない保護者が多くいる。また学校の教師の中には,日本語の会話が普通にできるのなら,別に特別な補習指導は必要がないと考えている方々も多くいる。これらの考えから,受入れ学校の方でも,特別指導態勢を構築していない学校が多い。しかし,日本の学校でのカリキュラムは,諸外国とは大幅に違っていて,学習内容から,学習教科まで初めて学習することばかりの面もある。そのような場合は,特別に時間を設けて未学習分野や,未学習教科について補習授業を設けてやらないと,一般生徒と同じ高校入試の試験をクリアしていくことは不可能に近い。

したがって,このような状態で日本に帰国してきた帰国子女に対しては,日本で行なわれてきた学習に対しての,学力測定試験のようなものではなく,別の試験方法を生み出さなくてはならない。また,心情的にも海外で学習した生徒は自分の意思で海外に出掛けたのではなく,保護者に同伴して,何も知らない言語をマスターし,学習に励んできたのであるから,その努力と精進には報いてやっても良いような気がする。したがって,学習能力は十分にあるのであるから希望する学校に優先的に入学させてやるようにしていくことも必要である。

 

 こんなことに気をつけ 

 この件についての問題点は,「帰国子女受入校」と名乗っている学校が幾つかあるが,「帰国子女受入校」ならば特別に受入を推進してくれるという考えが保護者の中にある。「帰国子女受入校」としてどの程度対応しているのか区別は一応してある。(財海外子女教育財団発行の高校案内)しかし,実際の対応については,いろいろなケースが報告されている通り,かなり運営面で厳しく取捨選択がされているようである。

保護者側は,常に優先的に入学させてくれて当り前であるという考えを持っているが,高校側ではあくまでの初期高等教育機関であって。義務教育機関ではない。従って,目的に合った人材を入学させ,教育していくことが大事になるために,各高校では選抜試験(高校入試)に大きなウェートを置き,一応優秀と思われる人材を入学させている。従って帰国子女であるということだけでは優先入学をさせてくれないのが普通になっている。