初夏の朝

              娘と私のおしゃべり 石 坂 きみ子

10号巻頭言(1981年10月10日発行)

「小鳥の声で 目が覚めちゃった ああこのきらきらする光 ロスの朝みたい」

「ほんと!

 鳥の囀りは カーテンをゆらし

 煌く 南国の日差しが

 梢の葉先で 銀の鈴を振っては

 朝の到来を 知らせてくれた

こんなに早く起きて 気持がいいでしょ・・・ ハイ 紅茶イレタワ」「サンキュー でも・・・何だか 佗しいような・・・苦しいような・・・いやあな気分になってきたの・・・思い出した! これは 地獄に行く朝の気分だ」

「?!」

「ほら! はじめの頃 アメリカンスクールじゃ 皆が楽しそうにしゃべっているのも 先生のお話しも なあんにもわからなかったし いじめっ子には わざところばされたりいろんなことされたでしょ あれは全く・・・地獄だったわ」「でも・・・あの スクールバスのライトが キラキラと並木道の向こうに見えて来て 家の前で 運転手のミス・エールが プップーって合図したら あなたさっとお弁当袋をつかんで 『バイバ一イ」なんて 元気に 玄関を飛び出して・・・今迄 一度もそんな言葉・・・だって『地獄だ』なんて 口に出してしまったら 自分が惨めすぎて 気持の収拾が つかなくなっちゃうでしょ」

「!!

  「理屈じゃあ ないんだよ・・・

 お説教も 関係ないんだ!」

 いつだったか あの子も 云った

 

  見えていた

  聞こえても いた

  でも 私は

 何を見

 何を 聞いていたのだろう

 

 二人の子どもたちの

 私は 何を知っているのだろうフーン…… あなた あれからもう九年よ・・・じゃあ 十七年前は? ロンドンで初めて幼稚園に行った時 何か懸命に気をそらせていたようだったわね」

 

  日本の幼稚園では

  私と離れられない

  三歳のあなただったのに

 あの校門を 足早に通り過ぎ

  「アッ アソコミルクビンガアル

 アノイレモノ オウチノミタイネ」

つないだ私の手に

そっと

それだけ ささやいて・・・

魔法にかかって

小羊になってしまったの?

 

一度 聞いてみたかったの

あのときの あなたの気持

 

二年半 あなたは一度も

泣いたりは しなかったし・・・

「あれは すごい決意だったのよ なんて・・・もう・・・忘れちゃった あれからも ずい分 いろんな学校に入って今が 九回目でしょ いつも なれるのには 時間がかかったけれど 後が楽しくなったし いやなこと 割合にしゃべってたから たまってないわ・・・でもあの『朝の気分」だけは別ね 今朝はどうしてかしら あれが蘇っちゃったの」「フーン・・・今更だけれど 可哀そうでしたね・・・ごめんなさい何もして上げなくて・・・でもよく頑張りましたね・・・アッ 紅茶熱イノト代エマショ」

「アア イイワヨコレデ サンキュー」

 

九年前の

 『つらい朝の気分」

それは 今朝 突然現われたけれど

もう 二度と あなたの前に

姿は見せないでしょう

あなたは 又一つの山を超せました

 − 自然の お蔭で −

 

もう直き 九月になりますね

ザルツブルグの 大学は

バスも通わぬ 岡の上ですって?

来年の五月まで 雪の中を

リュックを肩に ブーツをはいて

あなたの 新たな『朝』は

もう どんな光の中でも

足取りは 軽いことでしょう

元気で 行っていらっしやい!

十回目の 学校ヘ

 

『朝』と別の

・・・若し

・・・何か

今度 聞かせてくれるのは

何年先のことかしら

もう 聞けないかも知れない

あなたは どんなつらさも

1人で超してしまって

自然と一緒に