視野狭窄症からの脱却 −海外の企業と教育− 三菱電機ビルテクノサービス鰹務取締役 元 日本メキシコ学院理事長 櫻田 武 |
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41号巻頭言(1992年3月10日発行) | ||
自然の摂理は一方通行を許さない。雨や雪は降り放しではない。乾期や夏季があって必ずバランスをとり,スムーズな循環が仕組まれている。人間の社会では時折この循環の原理を忘れて石油石炭を掘り尽くしたり原生林を開拓し尽したりして経済の活発化と生活の向上に夢中になってしまう。局所に気をとられて大勢を見失う視野狭窄症である。 最近日本の電子製品が急速な進歩をとげ,高級至便で高額なものが世界市場を席巻し,更にメーカー同志のマーケットシェアの増大に血眼になっている現実への世界の批判が厳しい。「高品質でなお且つ低廉であるのに何の文句があろうか」と我々は考えてきた。しかし,会社を解散し失業者を街に溢れさせるところまで追い込んでしまったのでは前述の「循環」が行われない。 相手国の市場の活力を殺すことなく,又それが工場途上国である場合には,現地産業の育成と民度の向上を授けつつ共生を図らねばならない。循環とは新陳代謝と同義語であり共生と生命と成長に他ならない。 海外子女教育という課題は,日本の企業が先進国途上国を問わず大量に進出し,現地に定住して生産販売の経済活動を行うようになって起こってきた。そして,現実は,『日本人としての教育をしっかりと受けさせなければならない。日本の有名校に入れなければ全てが徒になる。その為には日本のシステムに,教程通りに,一日も遅れることなく行われなければならない。日本の教科書,日本の参考書,日本の有名塾のテキスト等々…』日本の事しか眼に入らない,立派な視野狭窄症である。 企業や官公庁の業務や経営にも殆ど同じ様な狭窄症状が表れていることはしばしば指摘され,反省されている。 ただ,企業活動の場合,例えばそれがある製品の現地生産販売であるとするとその製品がその国の市場で人々にどの様に受け入れられているか,競争メーカーからはどう評価されているか等,毎月の売り上げという数字で敏感に反映される。市場に適合させる為には常に「相手方がどう評価しているか」を調査し,時には厳しい議論をしてスリ合わせを行う。経営活動は全面的に現地の習慣に則しつつ,厳しい交渉の中で妥協も行い,合意契約する。 従業員の雇用就業については更に微妙な感情問題も併せて運営を行う。企業は毎日毎時その国の法律と社会の人との全面的な協調と妥協を学習しながら生きており,しかもその結果は毎月毎年直ちに数値に反映する厳しさがある。 |
海外教育の場(特に日本人学校)では現地に所在しているとはいえ,日本人の子女に日本人の先生が日本の規定の中で日本を教えている。基本的には日本的発想と秩序で全てが罷り通る閉ざされた社会であると言っては言い過ぎだろうか。 学校教育は心身共に若く未経験な子供達に次世代を担うのに必要な生き方の基本的知識や態度,体力,精神を鍛える場である。パーソナルアイデンティティの叫ばれるこの時代。国際人としての前提として,先ず立派な日本人であることが必要と考え,日本人としての教育をより確立する事が必要であると考える者であるが,一方で,益々狭くなる次世代の地球では,もっと他国人との付き合いを知らなければならないとも考える。 日本人学校もその国の然るべきレベルの学校社会との,積極的な交流活動を最低ラインを示して義務づける位のことが必要であると考える。現在でも教職員の広い視野と使命感で祝祭日の儀式の交歓招待を通して現地校との交流も適宜行われてはいるけれど,結果は表面的な交流に止まるもどかしさを拭えない。やはり,現地校の先生,生徒と一つの作業を共同で行うプロセスにもっと精力を注ぎ込まねば真の成果は得られない。現地姉妹校契約を結び,継続的に具体的活動を積みげ,毎年中身の充実を図ることが大切であろう。 日本が二一世紀において真の国際社会の中で大いに発言し,世界の平和と秩序のリーダー国となる為にも,海外の日本人学校は「両国の次世代人の新しい接点」としての責務を好適に位置づける施策を文部省に進言したいと思う。 子供達はいつの世でも純粋でフレキシブルである。先に述べた海外企業で日夜現地との接点に火花を散らしているご主人が,家庭内でもっと現地の人々との心のふれ合うお付き合いを推進してくれたら,ご婦人の方の(と決めつけては失礼とは思うが)日本有名校への視野偏向狭窄症は相当に軽減するだろうと思う。これが内掘とすれば,外掘を埋める作業も平行して行う必要があろう。それは,全海研が率先して,海外校との現地校との交流活動に積極的に取り組み,経験と視野を広げた生徒達の生き生きとした姿を報告・PRして,二一世紀国際型日本人の期待像を明確に浮かび上がらせることである。 全海研の会報が単に海外経験教育者間の情報と研修交流にとどまらず,全国一般の教育関係者にも広く行き渡り,大きなうねりを巻き起こす核に発展される事を切に祈る。 |