海外子女教育に携わった教員の英語教育観

慶應義塾大学教授・大学英語教育学会会長  小 池 生 夫

46号巻頭言(1993年12月20日)

 ここに「わが国の英語教育に関する実態と将来像の総合的研究」という科学研究費補助金研究,研究成果報告書がある。これは,わが国英語数育の全国的規模の調査をまとめたもので,わが国の外国語教育史の中で最大の調査である。昭和五十七年に出版した「大学英語教育に関する実態と将来像の総合的研究(1)教員の立場にはじまり,冒頭の報告書まで十一年間に五回の報告書を出版し,大学生の立場,中学校・高等学校英語教員,小学校英語教員,一般職業人延二〇,六五四名からの回答を得たものである。この中に,海外子女教育経験教員五五九名が含まれる。

 この教育集団の英語教育に関する反応は,他の集団に比較して,はっきりした特徴があり,この故に海外子女教育教員がこの面で貫献する存在であることを述べてみたい。

 まず,この集団に対する調査の回収率は五十・八%と高い。ちなみに,中学の英藷教員の回収は九三四名(三四・四%),高枚は一,四一五名(四五・六%),一般社会人は二,三一人名(一九・三%)である。これを見るだけでも,関心が高いのが海外子女教育教員であることがわかる。

 さて,この先生方の海外子女教育の経験から見た外国語及び国際理解教育に関する諸項目から拾って紹介する。まず,国際人として日本人に欠けている点は「異文化に対する寛容性(四八・七%),「積極的自己表現能力(四二・七%),ついで「外国語の運用能力(一九・五%)である。そして「外国語として教えるべき言語」は「英語と他」六〇・七%,「英語のみ」三人・一%などとなっている。また,海外派遣前と後における日本人としての意識の認識度は,派遣前に比べて「非常に高まった」が四一・一%,「かなり高まった」四一・五%,「どちらとも言えない」一五・三%である。つまり,八二・六%が意識が高まったと回答しているのである。そして日本の教育の問題点を意識する人は九五・〇%にわたる。その結果「授業方法を改善した」とする先生は六六・六%になる。

 日本で受けた英語教育に関しても,強い批判がある。すなわち,「帰国後に改めて考えてみた日本の英語教育の現状は,八〇・二%が「悪い」とこたえている。そして,その問題点はどこにあるのかという質問には,「指導法が悪い」と答えている人が四人・一%と断然多く,ついで「受験教育」二十九・五%,ついで「クラスサイズ」,「時間数不足」がそれぞれ一人・六%ずつである。中・高における英語教育の目標は「外国人とのコミュニケーション」が第一とする意見は七〇

・四%と際立って高い。これは,大学教員が四七・〇%,大学生が六〇・一%,中学校教員四五・七%,高校教員三六・六%,社会人八人・九%と並び,社会人に次いで圧倒的に高いのである。逆に「教養(外国文化理解)」と考える人は,大学教員が五二・〇%,高枕教員四二・二%(外国文化理解),大学生四〇・四%,中学教員四〇・四%(外国文化理解),社会人一六・二%,海外子女教育教員二三・七%(外国文化理解)となっており,コミュニケーション能力の養成を中心とするべきだと考えるグループは英語教員以外の方がはるかに強いといえよう。

 「日本で受けた学校教育での英語教育は海外で役に立ったか」という質問に村する回答の五〇,・八%は「役に立たなかった」と回答し,「役に立った」二〇・五%を大幅に上まわっている。それでも,「役に立った」人のうち,「読むこと」とこたえた人が三六・八%,「話すこと」が三四⊥ハ%,「開くこと」が一九・五%である。逆に「役に立たなかったこと」については,「話すこと」が六一・一%,ついで「開くこと」が三六・一%である。これらの結果から「日本の英語教育のあるべき姿」として「聞く・話す力を伸ばすべきだ」が七八・四%と圧倒的である。そして「小学校三,四年から,英語教育」をはじめるべきだと考えている人々は二六・九%,五,六年からは三〇.三%である。この考えがもっとも多いことになる。

 以上が数年にわたって海外子女教育をしてきた小学校,中学枚の先生方のアンケートに見る英語教育観である。世界各国で日本人生徒に教えるという貴重な体験を通して,自分の考えをしっかりとたてて,明確に意見を述べるという態度がこのような百分率の数字になってあらわれたのであろう。

 海外子女教育を三年以上も行ってきた先生方は,外国語教育のあり方を問うのにも,ほぼ同じ考えに行きつくようである。それは,海外でのコミュニケーションが英語中心であり,英語ができないと,自分の意志を相手に伝えることはできない。国際理解は,日本人にとって決して容易なものではない。しかし,まず外国語に通じないことには,それも行われないということをほとんど全員が痛感しているのであろう。私も海外での経験があるが,コミュニケーション能力を養うことが第一であるということを痛切に感じている。その意味で,・海外子女教育にたずさわった先生方は,英語教育の改善を考えるうえでも,貴重な意見を出してくれるものと期待される。