「公私共に充実共した生活を」派遣教員に望むもの

             三菱商事(株)参与・職能担当役員補佐   池上 久雄

           (日本在外企業協会子女教育部会長)

56号巻頭言(1997年3月10日)

  この春任地に発って行かれる校長・教頭先生57名の顔は明るく輝いており若さに溢れているように思われた。今年の在外教育施設派遣教員(管理職)研修会で,現地運営委員の経験に立っての講師を仰せつかって,一時間半懇談して後の感想である。これから赴任される先は決して楽な所ではなく,先進国は先進国なりに問題があり,また発展途上国は勿論それぞれ固有の厳しさをもった地域であることは,十分承知しての赴任であるのに  と思うと,希望して海外での教務に就かれる先生方一人一人に心からの拍手と元気で帰ってきて下さいという応接の気持ちで一杯であった。

私は一九七四年から六年間パリで,又一九八六年から五年間ニューヨークで勤務して日本人学校及び補習校の運営委員を経験し,又帰国後は人事厚生部長として海外派遣社員の厚生の一環としての子女教育問題を担当するなど,在外での学校や派遣された先生方との接点は非常に多かった。.又,二人の子供の親として個人的にも先生方と直接接しさせて頂いた。今回「派遣教員に望むもの」という論題を頂いたのは,これらの経験を通じての個人的な意見で良いから先生方へのアドバイスを述べよという意味と了解している。

 まず概して言えることは,派遣された先生方は使命感を持って来ておられるということだ。日本国内での生活でなく,この三年間を海外で教育活動に従事しようという選択をした  即ちチャレンジしたわけで,これが現地赴任後の使命感・緊張感となっていることは容易に理解できるところである。このような先生方に教えで頂ける生徒だちは大変幸せである。しかし一方では慣れない外国で新しい生活を家族と一緒に始めるという個人生活面でのハードシップやプレッシャーも大変大きい事を考えないと,暫く経ったところで「燃え尽き症候群」的に疲れ果ててしまう先生が稀にほ見られることも無理からぬ所である。先ずは新しい学校での取組と個人生活とをバランスをもって立ち上げて項きたい。(私ども企業が社員を派遣する際も全く同様のことを言って送りだす。)第二に,日本学校や補習校の性格が国内の学校と多少違い,現地では日本人会や商工会議所を母体とする「運営委員会」があり,又国内では文部省・外務省・海外子女教育振興財団等が管轄若しくは

サポートするなど関係する機関が多く,時には戸惑うことが多いのではないかと思われる。この点については,私はよくプロ野球の球団経営を例にとって説明する。即ち,運営委員長(委員会)は球団社長とフロントであり,学校長はチーム監督,先生方はチームのプレーヤーと考えると役割分担がはっきりする。一監督は,選手を掌握し特長を発揮させて,最も強いチームを作り最善のゲーム運びを行う。

 球団フロントは学校経営の責任者であり財政を工夫しながらチームが最良のゲームを遂行できるネ・つ設備や環境を整えていく。そして飽くまで主役はプレーヤーである先生方である。勿論その過程では三者が緊密に連携して協力し合うことも多いことは言うまでもない。ニューヨークの.日本学校新設のプロジチクトチームで先生方と夜遅くまで議論したり,反対する住民グループと何回も話し合いを行ったりしたのも,今は楽しい思い出である.

 最近になって海外を回ってみると,欧米アジアとも大都市では塾や予備校の進出が多いのに驚く。これも日本の状況の反映であろうが,此れに対して学校側はどう考えるか又運営委員会としてどう対応していくか回答は出ていないと思う。個人の価値観や選択の問題であるので,強制的に制限することはできない。先般の派遣教員研修会でも質問があったが,私もお答えできなかった。ただ一つ言えることは,日本学校の授業の内容が高度であれば,生徒と親の要請にかなりの程度まで応えることが可能となり予備校等のニーズが減ることは明らかである。幸い先生方と同様に生徒のほうも一般的には資質が高く且つバラツキが少ない様に思われる。従って,生徒に対して多少高度なチャレンジを行っても充分応えられると思われ,又授業に対して興味をもつのではなかろうか。

 最近は大きい学校には,〈文化交流ディレクターが配置され活動していをが,先生方も生徒も親も海外にいる間は,大いに活発な交流活動を行って,国際理解の実を上げてほしい。そして,公私共に充実した滞在期間を終え良い思い出を沢山蓄えて帰ってきて貰いたいと切に願っている。