全国海外子女教育研究協議会に期待する

            文部省国際教育文化課長 福 田 昭 昌

6号巻頭言(1980年7月1日発行)

 近年,我が国はその経済的側面において国擦的活動の著しい拡大をみるに至りました。

 また,これに伴って政治の面においても好むと好まざるにかかわらず,国際社会において応分の責任を求められるようになってきております。このことは,究極的には我が国が世界各国との協調を図り,相互理解を推進することによりその存立を図っていかなければならないことを示しているものと言えましょう.このような相互の協調と理解の基盤となるべき教育,学術,文化の国際的な交流活動の振興を図ることの重要性が,現在各方面から指摘されているのは,十分理由のあることと思います.

 昭和五十年,中央教育審議会は,「教育,学術,文化における国際交流について」の答申において,学校教育について特に国際社会に生きる日本人の育成の具体的な課題として,国際理解教育,外国語教育及び国際的に開かれた大学の三点について提案を行いました.文部省ではこの観点に立って今日まで諸般の施策を講じてきておりますが,先般行われた学習指導要領の改訂に当っても,その改善の基本方針を示した教育課程審議会の答申の中において「家族,郷土,祖国を愛するとともに国際社会の中で信頼と尊敬を得る日本人を育成すること」がねらいの一つとして取り上げられたことは,御承知のとおりです。もともと,日本の学校教育では,知織の面では比較的世界のことをよく教えていると思われます.

 ハーバード大学のライシャワー教授は,「世界の中の日本の教育に期待する」(文部時報55年3月)の中で,このことに触れて,「アメリカやこれら諸国とは対照的に,日本では,どの国にもまして世界の国々について幅広く教えており,この点においては際立った教育制度を有している」,「日本はある意味ではすでに,教育の国際化という点においては,世界に先き駆けている」と述べています。しかし同時に,「日本の教育では世界の地理,文化を最も広範囲にわたって取扱っているが,だからと言って,精神においても広範囲にわたっているかどうかは疑問である」として,具体例を挙げて批判しています。

 ライシャワー教授の指摘は別として,我が国の教育を国際理解教育の観点からみた場合,ともすれば観念的な知識としての理解にとどまり勝であることは否定できません。このことは,我が国の特異の状況から,従来生徒も教師も国際的な経験や交流に触

れる機会が殆んどなかったことからくる限界であったと言えましょう.文部省が従来から行っている五千人の教育海外派遣事業その他の事業は,この面における改善を図り,「国際理解教育の一層の充実が図られることを期待して実施されているものと言うことができます。

 ところで,この観点から最近特に注目すべきものとして海外子女教育の問題を挙げることができます。現在海外の日本人学校に在学している子女は一万一千人であり,また現地校等で勉学している子女は約一万三千人に達しています。一方,約七百人の教師が政府から派遣されて日本人学校等において教育に携わっています。その結果,年間約六千人の子女が海外生活を経験して帰国しており,また海外において子女教育に携わって帰国した教師も現在までに約七百人にのぼっています。しかも,これらの数は,毎年増加しつつあります.

 これら帰国してくる多数の子女,教師は,今後我が国における教育に何らかのインパクトを与えるものと考えられます。帰国してくる子女については,その海外で身につけた長所を伸長することの重要性はもとよりですが,更に国内の児童生徒に対しても異文化の理解の機会を与えることにもなりましょう.また,帰国した教師は,実地に国際的な経験を積んだ人々であり,帰国後においてその豊かな経験を通じて生きた国際理解教育を行うことのできる人材であると思います。

 全国海外子女教育研究協議会は,こうした海外の日本人学校等で教鞭をとられた先生方を中心として結成された全国組織であります。本会の活発な活動により,海外子女教育の問題が広く理解され,益益立派な教師が在外教育施設に派遣されるようになること,また実際に海外の子女の教育に当たられた経験を積極的に帰国子女教育に生かしていただくことも,大いに期待されるところでありますが,何よりも,帰国後全国にわたって国内の教育に従事されている本会のすべての先生方が共通にもたれている課題は,その経験を生かした国際理解教育の充実であろうと考えます。その意味で,本会がこの基本にたって研究大会等の諸活動を推進されていることに深く敬意を表するとともに,この面で趣旨を同じくする海外教育事情研究会やユネスコ共同学校等の諸団体との深い連けいをもって,本会が発展していかれることを期待する次第です。