教育の国際化と21世紀の日本

                 外務省・領事移住政策課長   福 川 正 浩

65号巻頭言(2000年3月24日発行)

 2月にニュー・ヨークへ出張する機会があり,グリニッチの日本人学校を訪問した。同校はマンハッタンより車で1時間,コネチカット州の高級住宅街にあり,広々とした素晴らしい環境にある学校である。しかし,そういう環境であるが故に,日本人の小・中学校を設立することに当初強い反対があり,地域住民の同意を得るのに数年を要した。92年の移転後も定期的に地域住民との会合を開いて,理解を得る努力を重ねてきたところ,週末の運動会開催,夏休みの学校開放についてもやっと認められる方向になったと伺った。これはほんの一例であり,世界各地の日本人学校・補習授業校では夫々現地社会の理解を得る為,様々な御苦労があるものと思う。

 昨年産経新聞に「日本人学校の在り方見直して」と題し,日本人学校が色々な面で閉鎖的であるとの投書があり,これに対しては,9月2日付,文部省加藤海外子女教育課長と私の連名で,「異文化理解と国際性豊かな児童生徒の育成に努めます」と題し,誤解されている点を説明すると共に,政府としては,各国の事情を踏まえつつ,「開かれた日本人学校」とする様指導している旨の投書を掲載しました。

 私は13年前まで2年間,領事第一課(領事移住政策課の前身)の首席事務官を務めておりましたので,海外子女教育を担当するのは二度目ですが,昨年北米・中南米の日本人学校を訪問して,当時とは比べものにならない程,各校とも現地社会・現地校等との交流を積極的に行っていることを知りました。以前は,現地の言葉の勉強をカリキュラムに入れると,他の数学,国語等の授業が遅れてしまうとして,保護者の反対が強いと言われていましたが,例えばサンパウロ,アスンシオン(パラグァイ)の日本人学校では,子供達が熱心にポルトガル語,スペイン語を勉強していました。また,現地校との交流も,クラス単位,あるいはスポーツ交流など,色々工夫をこらして実施しておられる旨の説明を聞きました。イスラム諸国など,国によっては,やりたくとも,学校のステータスや風俗習慣の違いから,現地校との交流が困難なところもあるかと思います。しかし,そういった制約の範囲内で,可能な限り世界の多様な価値感・文化を体験する機会を子供達に提供して頂きたいと思います。

 我が国では少子化傾向が強まっていますが,それだけ一人の子供にかける親の期待も強まっており,受験競争は益々過熱化,低年齢化傾向にある様に思います。昨今の相次ぐ不祥事を契機として,中央官庁のいわゆるエリート官僚の体質が問題となっていますが,これは残念ながら,受験競

 

争を通じて,視野の狭い,自己中心的なエリートが日本の社会に増えて来ているものと私は考えます。これから21世紀へ向けて我が国に最も求められているのは,開かれた,国際化した,そして多様な発想や生き方を受け入れる,他人の痛みの分かる,思いやりのある社会の形成ではないかと思います。その観点から,今後の日本社会をリードしていくのは海外体験を有する子供達です。海外で生活する貴重な機会に,是非出来るだけ多くの異文化体験を積んで欲しいと思います。

 昨年私は群馬県の太田市,大泉町を訪れる機会がありました。私の課は移住者・日系人施策も担当しており,多くの日系ブラジル人が生活している太田市,大泉町の実情視察が目的でした。太田市の小,中学校では,日本語学級を設け,日本語能力が十分でない日系人に対する取り出し授業をしているとのことでした。しかし,日本語学級の先生に聞くと,「大変難しい。小学生は順応が比較的早いが,中学生になると難しい。取り出し授業をすると,その間,他の科目が遅れてしまう。」と話されました。そこで私からは,「今日本の教育に求められているのは,国際化教育,多様な価値感を受け入れることのできる視野の広い子供の育成であり,その点,外国育ちの子供が学校に居ることは,金の卵を預かっていると考えて欲しい。外国育ちの子供を,狭い標準化された日本社会の中に押し込もうとするのではなく,日系ブラジル人の子供達の為に,例えばブラジル文化祭を催して,彼等が今持っているもので積極的な貢献が出来る場を与えて頂きたい。子供一人一人の長所が生かせる場を与えてやることが非常に大切です。」とお話ししました。

 ブラジル,ペルー等よりのいわゆる日系人出稼ぎ者は現在30万人位に上っていますが,多くの方はせいぜい1ー2年のつもりで来て,それが故に,子供を(色々な意味で苦労する)日本の学校に入れないで,私塾に置いておく親がかなり居ます。しかし,結局滞在が3ー4年に長引き,その間,通常の学校へ行っていない日系人子弟が一部不良化するとの問題が生じています。日本の小・中学校での広い意味の受け入れ体制をもっと改善すれば,この様な問題の解消につながるのではないでしょうか。

 21世紀に日本が生きる道は,より開かれた,活力のある,国際化された社会を目指すこと,これしかないと私は思います。全海研の活躍に期待しています。

 

 

 

 

 

 

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