国際河川の管理を通してみた国際協力

筑波大学名誉教授・敬愛大学国際学部・教授　　高山　茂美

　国際河川について今更説明を必要としないであろう。幸いに現在の我が国には国際河川が存在しない。国際河川の流路はしばしば国境線として利用されるので、このことが国家間の紛争の種になることは容易に理解できるであろう。厄介なことに河川の流路は自然現象として洪水時などに変化する。一定不変のものでないと国境の役目を果たさない筈なのだが、河川の流路を国境としている例は意外に多い。ときには流路の中央に中洲を生じてその帰属をめぐって武力衝突にいたる。旧ソビエト時代に中国との間でアムール川の中洲であるダマンスキー島の領有権争いがあったことは良く知られている。同盟国間でもこじれることがあり、ましてや敵対関係にある国家間では緊張を増幅する原因となる。河川の中洲は河川の堆積作用の過程で生ずる自然現象であるから人工的に固定でもしない限りは変化するのが当然の成り行きである。

　ヨーロッパではライン川やドナウ川のようにその水源から河口に至るまでに何カ国も経由することが珍しくない。ライン川は水源をスイス東部のアルプス山中に発し、北に流れてリヒテンシュタイン、オーストリア領内を流れてボーデン湖に注ぐ。ボーデン湖から西へ流れてバーゼルまではドイツとスイスの国境をなし、バーゼルからライン地溝帯を経てビンゲンまでの南半分はドイツとフランスの国境となっている。ボンからケルン、デュッセルドルフを経てオランダに至る間は下部ラインと呼ばれる。オランダではレク川とワール川に別れて北海に注ぐ。ライン川はヨーロッパにおける廃水路と呼ばれるほど水質が悪化した時期があった。ザイトリッツの世界地図によると、１９７５年ごろには支流のネッカー川とボンから下流のオランダ領に至る区間の汚染がひどく、最悪の状態になった。第二次大戦中にライン川にかかる橋はことごとく爆破され、スイス以外のライン川沿いの工場は破壊されて産業活動も麻痺した。その分、水質は良くなったのだが、産業活動の復活とともに水質汚濁も進行した。ライン川では１８３１年ころからライン川の船舶航行が可能な区間の水路は沿岸国に開放されることになり、マインツにライン水運中央委員会が設置されていた。１８６８年に委員会本部がマンハイムに移され、バーゼルから公海に至るライン川およびその支流の水運はこの条約の規定ならびに公共の安全に必要な規則を守る限り、上り、下りともにすべての国の商品ならびに人間を輸送する船舶に認められることになった。ラインの航行の自由が保障されたのはこのときからである。ヨーロッパの最も重要な内陸水路とし

てライン川は全長の約７割にあたる９００キロメートルの区間で舟運が可能である。オランダのロッテルダムを基点としてヨーロッパ内陸各地に運河やローヌ、マルヌ、エムス、エルベ、ドナウの各河川を通じて結ばれていることは周知の事実である。

　１９６９年６月にビンゲン付近で数百万匹の魚類が斃死して水面に浮かび上がった。ライン下流部では一時期生きている魚を見かけなくなった。後に有機塩素系殺虫剤のベンゾエピンが原因とわかったが、当初は原因がつかめず、大騒ぎとなった。ラインの水質が回復したのは１９４８年ころまでで以後は悪化の一途をたどることになる。１９７０年ころからライン川の汚染防止対策が官民一体となって進められるようになる。国際ライン水道事業者研究共同体と国際ライン汚染防止委員会とである。この委員会ではボーデン湖から上流は水質が良かったからであるが、汚染防止の対象外だったが、しだいにボーデン湖の水質悪化にともない、国際ボーデン湖水質保護委員会が発足した。１９６７年に国際ボーデン湖水質保護委員会は保全基準を出して洗剤や化学肥料の使用自粛をよびかけたりした。このような努力の結果、ライン川の水質は１９９０年にはかなり改善された。上流側での廃水の処理、汚染源となる物質の使用の自粛などは国際的な協力の賜物である。とかく我が国では三尺下がれば水清しの発想があり、その先で水質がどのように悪化しているのか関心もない傾向がある。国際協力が単なる金銭的援助だけではなく、このような関係各国の一致した努力の成果として、水質が改善されたという事実は注目に値する。

　筆者がスイスやドイツのホテルで泊まったときに連泊の場合にタオルなどは交換を希望するときのみ床に置いてくださいと書いてあった。不必要な洗濯で洗剤を無駄に使わないという趣旨に感心した。以前は各室に固形石鹸など置いてあったが、これも水質保全のために容器に石鹸液をいれて必要量だけ使うようになっていた。使い捨てが当然のような今の時代に国際河川がないとしても、流域の上流側の住民は下流側の住民に対して配慮をすべきであろう。他を思いやる心は国家間だけに必要なのではなかろう。隣人に対する気配りが薄くなったような昨今特に感心させられる。

参考文献

鯖田　豊之（１９９５）ラインの文化史、水とヨーロッパ社会　刀水書房