帰国子女教育を考える (財)ジェトロ厚生会・専務理事 諸見 昭 |
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71号巻頭言(2002年06月10日発行) | ||
<帰国子女教育―昔と今> 「早く英語を忘れさせ、国語力の遅れを取り戻してください」「友達にはアメリカのことは話させないでください」「1日も早くアメリカでの生活を忘れさせ、日本の生活に馴染ませるように両親も協力してください。」担当の若い先生の予想外の言葉に帰国子女教育の現場の厳しさを知った。1977年3月末、3年半の米国ロスアンジェルスでの駐在員生活を終え帰国し、4月から小学校に入学する長男をつれ地元小学校を訪問した時のことである。 その後、ロンドンと2度目のロスアンジェルスでの駐在員生活のなかで、子供の教育ではいろいろな貴重な経験をした。そして1年前ロスアンジェルスから帰国して知ったことであるが、この10数年間で国内の帰国子女教育に関する考えも大きくかわった。海外での経験をできるだけ生かそうという考えが主流になりつつあるようで、言葉についても“外国語保持教室”の人気が高いという。子供たちのために良かったと思っている。
<米国教師招待プログラムのスタート> 1975年6月海外子女教育をサポートする新しいプログラムが米国ロスアンジェルスで誕生した。”US Teachers to Japan Program”である。 このプログラムは、在ロスアンジェルス日系企業の駐在員の子弟を受け入れている現地公立学校の先生方への感謝と、対日理解を深めていただくことを目的として、日系企業協会(JBA)が費用を負担し、主にESLの先生を毎年日本に招待するというもので、国内での受け入れとお世話をジェトロが担当している。 招待される教師は国内での約2週間の滞在中、小中学校を訪問、欧米流のデモ授業をし、給食を生徒と食べ、教え子とも再会、また進出日系企業本社の人事担当者との意見交換、地方でのホームステイ、京都訪問等日本の文化、歴史、人々との出会いを経験する。 ロスアンジェルスの教師10名の招待で始まったこのプログラムはその後米国各地に広がり、現在では米国、カナダ、英国、オランダの15都市が参加するまでに成長した。 名称も内容にふさわしい“International Educators to Japan”と変わった。 過去27年間にこのプログラムに参加した教育者は延べ798人である。参加教師のほとんどは初来日であり、帰国後、ほとんどの先生が“親日家”として、日本で受けた貴重な異文化体験を大切に各地域の教育現場で活躍している。 |
今年も7月4日(木)に約2週間の予定で46人の先生がやってくる。 今年のプログラムの特徴は「総合学習」の影響もあってか、学校訪問もアレンジしやすくなり、欧米流英語のデモ授業の希望も多い。またプログラム終了後姉妹都市提携の都市に招待され、地元教育委員会主催の英語教育ワークショップの講師をつとめるなど、 “欧米教師の日本招待旅行”から脱皮し、地元のニーズにも積極的に応える“地域教育貢献”のウェイトが高まっている。大切に育てたいプログラムである。
<「総合学習」「ゆとり教育」で考えること> 標記に関し議論が活発であるが、子供2人を米国、英国で育てた経験からか、何か“心棒の議論”が欠けているような気がしてならない。 欧米の親に“義務教育に何を期待するか”と聞けば“サバイバル能力、技術の習得”との答えが多いと思う。異文化、異民族のなかで生きていくことの厳しさを知っているからである。長男が通学していたロンドンの高校で毎年実施していた“サバイバルプログラム”を思いだす。ロンドン郊外に全校生徒、教職員、父兄が参集し、生徒たちに“サバイバル体験”をさせようというものである。生徒たちはテントに野営し、文明の利器をいっさい使わない。ハイライトは、流れの速い川を自作のイカダでチーム(女生徒、泳げない子供が必ずメンバーに入っている)全員が力を合わせ渡リきるというものである。もちろん周囲には警察、消防隊等が控え万全の体制である。弱者も含めたチーム構成で目的を達成させようという発想とノウハウがすばらしい。プログラム終了後子供が一段と逞しくなっていることがわかり、これが英国流教育かと感心したことを覚えている。 欧米人の日常会話の中に“誇り”という言葉が頻繁にかつごく自然に出てくる。 両親、兄弟、祖父母、民族、文化、歴史、国家等に対する誇りと、愛情、それが自然と身についている。身体の一部になっている。日本人はどうだろうか。 最近日本人に大ショックを与えた中国での日本総領事館事件でもそうであるが、人間としての“基本の基本”が失われている、日本人としての誇り、国家として最低限守られるべきことが崩れている、そんな事件が多すぎないだろうか。戦後教育と無関係ではないと思う。「総合学習」「ゆとり教育」の議論では、日本人としての“基本の基本”のところを是非議論していただきたい。 |