派遣教員「1万人」

文部科学省初等中等教育局国際教育課長     奈良 人司

73号巻頭言(2003年01月30日発行)

  9月1日付けで国際教育課長を拝命いたしました。初等中等教育局は初めての経験ですが、関係の皆様のご指導、ご協力を得ながら微力ながらも職責を果たしていきたいと考えております。よろしくお願いいたします。

 私ごとになりますが、1992年から3年間、在独大使館に勤務し、我が子も通うボン補習授業校の運営をお手伝いしたことがありました。今のポストに就いて、忘れていたボンの校舎や運動会などの様子が俄かに思い出されました。

 就任以来、関係の皆様のご協力を得て、海外子女教育、国際理解教育、帰国・外国人児童生徒対応、「英語の使える日本人」の育成といった担当分野を駆け足で勉強してきました。この間、国内では研究協議会やセミナーへの参加、指定校の訪問など、海外ではいくつかの日本人学校、補習授業校の訪問、そして先般11月18日から香港で開催された東アジア・大洋州地区校長研究協議会への参加によって、一段落と言うか、私なりに担当分野についての「考え」を持つことができるようになったと思っております。

 現在、3か月以上の海外在留者数は約54万人と言われ、そのうち、義務教育年齢の子ども達は約5万2千人います。これらの子ども達の多くは83校の日本人学校と187校の補習授業校に通っており、その指導のために平成14年度で約1,360人の教員が政府派遣されています。

 戦後、政府が公式に関わった日本人学校の設立第1号は、1956年のタイのバンコク校と聞いています。そして、政府支援としては、1959年の外務省による同校への校舎借料等への支援が最初のものであり、特に政府派遣教員については、1962年に同校に1名の先生を派遣したのが始まりと聞いています。今日、正確な数字は把握していませんが、政府の派遣教員は、これまでに延べ1万人程度と見込まれています。義務教育諸学校の先生を約70万人としますと、この数字は僅か1.4%に過ぎませんが、「1万人」という人数は大きな力とも言えるのではないでしょうか。

 本年6月の政府のいわゆる「骨太の方針『第2弾』」において、「人間力戦略」として「人間力向上のために、一人一人の基礎的能力を引き上げるとともに、世界に誇る専門性、多様性ある人材を育成し、国としての知識創造力を向上させる」ということが謳われ、更に「個性ある人間教育」として「英語が使える日本人の育成」などが掲げられました。この方針を受け、文部科学省としても、本年7月、「『英語の使える日本人』の育成のための戦略構想」を打出し、必要な予算要求などを行っているところです。

 また、毎年約1万人程度の帰国児童生徒がいますが、学習に参加できない子ども達が増加傾向にあり

ます。更に、年々増え続け、現在、約1万9千人と言われる外国人児童生徒の日本語教育や不就学の問題も顕在化しています。

 こうした国際人材の育成、英語力強化や国際理解教育、帰国・外国人児童生徒への対応などを考えるとき、政府として必要な措置を講じることは勿論のことですが、在外経験のある先生方にもっと活躍していただきたいと思うのです。今日、在外の教育施設は、様々な問題を抱え、ご苦労も多いと思いますが、派遣教員の方々については、任地において児童・生徒の「確かな学力」を培っていただくとともに、帰国後、在外で得た貴重な経験を国内の教育実践の場で活かしていただくことも重要な使命と考えています。

 現在、12の日本人学校等を海外子女教育研究協力校に指定し、国際理解教育、英語教育など、様々なテーマで研究していただいております。また、海外の日本人学校や補習授業校だからこそできることもあります。国内の研究協議会やセミナーなどにおいて、在外経験者から、様々な海外での実践報告、事例報告をお願いしておりますが、多くの報告について、非常に有意義である、興味深いなどの感想をいただいております。しかしながら、それを「どう国内の教育活動に反映させているか」という段になると、自身を持ってお答え下さる先生は少ないというのが現状のようであり、残念ながら、在外の経験が国内の教育活動に十分に活かされているとは言いがたいと感じております。

 勿論、海外と国内では状況が違いますし、日本人学校等での担当と日本に帰国してからの担当が異なる場合も多く、また、必ずしも経験が活かせる環境が整っていないといった問題もあるかも知れません。しかしながら、いろいろと工夫もあると思いますし、1人で悩まずに在外経験者間で意見交換、情報交換をすることも役立つと思われます。

 10月17日に「国際理解教育に関する研究協議会」を開催し、「総合的学習の時間で行う国際理解教育のねらいと実践の在り方」をテーマにご議論をいただきました。一般的に、国際理解教育について、具体的にどのように指導するかという点で先生方に不安や戸惑いがあるということも聞きます。文部科学省としても国際理解教育指導事例集を出すなどして実践事例を紹介し参考としていただいていますが、より積極的な取組みが必要と痛感しております。

 悩みの解消や工夫を活かすことは1人では困難でも、組織的に展開することで解決したり実現できる場合が多いと思われます。その意味で、先に述べた「1万人」は大きな力であると言いたいのです。私どもに何ができるか良く考え、そして、例えば、この「全海研」という場の活動にも大きな期待を寄せたいと思います。