全日制日本人学校教育と国内高校入学試験

本校における理想と現実

国際基督教大学高等学校副校長  原    真

9号巻頭言(1981年6月20日発行)

 筆者は帰国子女教育の現場の経験を通して海外子女教育に関心をもつものの一人でありますので,在外日本人子女の教育に献身されている派遣教員やこれに御協力下さっている現地の先生方に対し日頃深い敬意と感謝の念を抱いております。

 さて私は職務上のことで派遣教員の先生方にぜひ一度お尋ねしてみたいと思っている課題を抱えております。今回たまたま本誌に投稿する機会を興えて頂きましたのを好機に,以下に当面する問題を披露して,御教示を得たいと思う次第です。

 その課題とは帰国子女受け入れ専門高校における日本人学校出身者の受け入れ方法に関することであります。問題を具体的に考えるために,以下私の勤務する国際基督教大学高等学校の例に絞らせて頂きます。本校では中学校教育課程の全部または大部分を海外で過した帰国中学生を毎年一六○名入学させておりますが,そのうち約三分の一の五十名内外を全日制日本人学校からの受け入れ定員としております。所定の条件を充たして日本人学校出身の応募者と認定された帰国生には国内中学校からの一般応募者とは別個の問題で試験し,合格者競争率も一般のそれ(八〜十倍)より緩く(二〜三倍)しております。全日制の日本人学校と一口にいっても,その教育条件はきわめて多様であり,生徒の帰国後の高校進学の準備に関しても学校差が非常に大きいと予想されます。また一般に国内志向型教育が多いといわれる日本人学校の中にあっても,所在国の国語を正規の課程の中で履習したり,ふつうの英語の教科の上に外国人教師による英会話の授業に力を入れるなど,在外教育施設にふさわしい良心的な教育経栄に努力している日本人学校のあることも承知しております。

 私どもでは,教育条件の不備な小規模日本人学校で努力している子女に対しても高校進学の機会を平等に提供してあげたいし,また海外生活という得難い教育の機会を有効に活用することに努力しておられる日本人学校の先生方や生徒に対しては,国内進学対策の重圧に負けないで,望ましい教育を推進して頂きたいと願っています.本校が海外の日本人学校からの入学募集者に対して対国内中学出身者とは別わくで入学選考を実施しているのもこのような主旨からであります。

 しかしながら,過去3ケ年間の実績でみる限り,そのような私ども意図は必ずしも充分生かされてはおりません。入学考査は国語,数学英語の筆答試験成績と内申書成績との総合点を主体とし,それに面接試験の結果を参考にして合否を決めていますが,問題はこの方法の当否にあるようです。応募者数が年々増加する(本年の倍率は3倍)と共に合格の最低点も年々上昇(本年は百点満点換算で約七四%)し,それと共に合格者の棄権率も漸増(本年は六四%)していく傾向にあります.しかも,調査結果によれば,それら棄権者の九十%は国公立ならびに私立の有名校に入学しております.そしてまた,そのような棄権者はニューヨーク,ロンドン,デュッセルドルフ,シンガポール,ホンコン,サンパウロなど大規模日本人学校の出身者に集中してくる傾向にあります。海外子女は帰国時の進学に不利であるという一般的ムードの中にあって,上述のように,本校に合格した日本人学校出身者の大半が競争率の高い有名校の入試を実力で突破していることは,海外日本人学校の教育水準が国内のそれに劣らず高くなったことの証拠であり,世間の常識から云えば大変喜ぶべきことであるという見方もできましよう。

 しかし,私どもの側からすれば,現状がさらに加速していくとすると上述のような日本人学校からの応募者に対して,わざわざ一般の入試より‥競争率の経い別わく定員を設けて入学選考をおこなう意義はなくなります.さらに望ましからぬことは,現状が続けば,本校への入学はよはど受験勉強に徹しなければ合格の見込みがないという印象が世界中に広まる結果を来し,そのため広く世界各地の日本人学校から応募者を得ることができなくなる心配があります。

 私どもは海外日本人学校における国内受験志向型教育の助長に加担することを望みません。実際には大変難かしいことですが,本校設立の初志に背きたくありません。それでは世界のどの地方の日本人学校出身者にも,とりわけ能力を持ちながら教育条件に恵まれない日本人学校で健斗しているような生徒にも,広く本校進学の機会を提供するにはどのような入学選考方法を採ったらよいのであろうか。海外にあって,そのような生徒を実際に指導しておられる諸先生方から建設的な御提案を期待申し上げたい。