第4分科会「世界の現実理解」
「メキシコにおける階級社会の現状」
岡山市立吉備中学校 教諭 藤枝 茂雄
はじめに
私たち日本人にとってメキシコは普段はさほどなじみのある国とは言えない。しかし,歴史的にも日本とたいへん友好的な関係をもつ世界でも屈指の親日国といえる。しかし,国内的には私たちが地球人として考えていかなければならない多くの問題が存在する。本論ではメキシコに今日も色濃く残る階級社会に焦点を当てて,その現状について分析していきたいと考える。
第1章 現代メキシコに見られる階級社会
ある日本の旅行ガイドブックには,メキシコのことを「肌の色の白さに比例して社会階級が決まる国」と書いてあるが,これは事実である。その理由の一つに,メキシコがスペイン人によって征服された「ヌエバ・エスパーニャ」,英語流に訳すと「ニュー・スペイン」という形で成立した起源を持つことがあげられる。この「征服」という支配の形は,インディヘナの社会や精神を完全にスペイン人に屈服させることとなり,それが肌の色の違いによる階級社会の基盤を作り上げることになったが,この階級社会は,生活の中では,住居の違い,生活世界の違い,文化の違い,言葉の違いなど,あらゆるところに現れている。とりわけ,メキシコの裕福な家庭に見られる「使用人」の姿は,まさにメキシコ社会を象徴しているようにも思われるものである。
第2章 階級制度維持のための社会システム
さて,今日のメキシコの階級社会はどのような要因によって維持されているのだろうか。現在のメキシコのように国民のほとんどがメスチーソと呼ばれる混血になると,スペイン貴族の血統などで階級社会が成立していると考えることは現実的でない。やはり,今日のメキシコでは,経済的な面が階級の所属を決める重要な要素となっている。それゆえ,保守的で裕福な今日の上流階級を形成する人々のために,その社会的,経済的地位を守るような社会システムが作り上げられている。そのもっとも典型的な例は税制である。たとえば,驚くべきことにメキシコには相続税が存在しない。そのため,メキシコでは,資産家の家庭に生まれれば,または自分の代に富をなすことに成功すれば,よぼどのことがない限り永久に富裕な階級として生活することが可能になっている。
また,教育制度においても,階級社会を固定するシステムが作用している。メキシコでは,上流階級の子女を対象とする一貫教育を行う私立学校と,国民すべての子女に基礎教育を施す公立学校の授業内容の格差,授業料の格差はきわめて大きなものがある。つまり,「一般社員と社長の給料の差が世界一の国」ともささやかれるメキシコでは,教育サービスのレベルも質も社会階級によって大きく異なっているのである。
第3章 日本人移民は階級社会のメキシコでどのように生きてきたか
このような厳しい階級社会のメキシコに1887年から1907年までの期間に移民としてメキシコに渡った1万人あまりの日本人はどのように生きたのだろうか。
1897年から1907年の十年間にメキシコには1万人をこえる日本人が農夫,鉱夫などとしてわたっていったが,彼らは南米の他の国の例にもれず,最初は社会の下層に組み込まれることになった。しかし,日本人移民たちは,その境遇に甘んじていたわけではなかった。彼ら移民一世たちは,勤勉,かつ誠実に働き,メキシコ人との接点を大切にしながら富を蓄えていったが,同時に学歴と資格がたいへん物をいうメキシコ社会の本質を見抜き,子どもたちの教育を決して疎かにすることはなかった。1930年代には日系移民の学校がメキシコ各地に作られ,日本から教師を呼んだり,日本の教科書を取り寄せたりしてたいへん熱心に勉強させた。そのため,2世の世代になると,いわゆるメキシコ社会の上層に位置づけられる歯科医,医師,弁護士などの分野に多くの日系人が進出するようになった。それが結局は,メキシコでの日系人の社会的地位の向上への大きな力となり,事業家として成功した人々の政治家との距離感の縮まりと相まって,今日メキシコ人の多くが日本人に対して好意的に接してくれる要因の一つになったと考えられる。
第4章 メキシコ政府は今
以上述べてきたように,古い体制をとても色濃く残しているメキシコであるが,
1988年に成立したサリーナス政権のころから様々な変化が見られるようになった。国民生活を向上させるために,1993年7月には中学校教育が義務教育化され,交通の不便な僻地にすむ子どもたちへの教育を保障するために,人工衛星を使った教育プログラムで授業を行うテレセクンダリア(テレビ中学校)もたくさん建てられるようになってきた。また,これまでカトリック教会系の慈善団体に委ねられるところが大きかった貧困のため健康を侵されている子どもの救援やストリート・チルドレンなどにも政府の外郭団体などによって支援の手がさしのべられるようになってきている。
第5章 おわりに
今日の日本人の感覚で理解し難いことは,メキシコの社会が「法的な平等を前提としながらも,階級的に人を隔てている社会」ということである。そして,それはまた欧米の社会にも通じるものがある。そうした意味において私たちが身につけたい階級社会の上層の人々のもつ行動様式とは,身なりをととのえること,穏やかな言葉遣い,女性への敬意,上品な立ち居振る舞いなどである。しかし,一方で,私たち日本人が伝統的にもつ価値,例えば,勤勉さ,誠実さ,責任感なども,日本人が移住した世界各地で日本人の最も優れた美徳として認められてきた普遍的な価値といえる。これらのことを,十分に認識した上で,今後のグローバリゼイションの世界における日本人の教育を考えていきたいものである。
第4分科会 「世界の現実理解」
メキシコにみられる階級社会の現状
岡山市立吉備中学校 藤枝 茂雄
1 現代メキシコにおける階級社会
2 階級制度維持のための社会システム
3 日系人は階級社会のメキシコでどのように生きてきたか
4 メキシコ政府は今
5 おわりに (⇒テキストp24・25に詳細)
<世界の現実理解QαA>
Q 子どもに何を一番伝えたいと考えるか
A 「上品」「下品」の感覚を身につけさせたい(見分けることも含めて)。日本人は,もともと品のあるものを好んだ。今の中学生にも身につけさせたいと思う。
<助 言>
○
大変な量と質のある資料である。理解は,現地で体験することが大切だ。それも居・食・住」を伴った体験が本当の体験といえる。実際に,子どもたちに指導するときには,「何を教えるか」を考えていかなければいけない。
例えば,きっかけ(関心づくり)にしても,どこから切り込んでいくのか,
「何を,どのように調べていくのか」(本・テレビ・インターネットなど)そして,
「集めたものをどう処理するのか」である。最後に,身の周りの事象で確認する。それを実生活の中で活用していくことが大切である。自分にどう生かすか,である。