2004(H16)年度 国際理解教育の課題
                            岡山県国際理解教育研究会
 
T.はじめに
 世界は,多様な文化や価値観を持った人々で成り立っています。多様性を受けとめ,多様な他者を認め尊重し,協力・共存できる態度や資質・能力を持った人間を育成していくことが教育の果たす大きな役割の一つです。
 現在の学習指導要領では,総合的な学習の時間が設けられ,その中で扱われる内容の例として「国際理解教育」が取り上げられています。
 国際理解教育では,表現力,コミュニケーション能力,共感性などを目標として設定し,これまでの異文化理解と異文化尊重の態度の育成だけにとどまらず,異なった文化を持つ者どうしが相互に理解し合う上で必要なコミュニケーション能力,また自分の考え方,自分の行動の仕方などを柔軟に変えることが出来るような資質の形成が求められています。
この点,各学校においては,国際理解教育を実りあるものにするために,体験的な学習や課題解決学習などを取り入れて,実践的な態度や資質,能力を育成していこうとする取り組みがなされていることと思います。
 これまで,本研究会では,@人間理解(人権),A多文化理解,Bコミュニケーション能力,C世界の現実理解,D日本語・外国語教育の5つの視点を研究課題としてきましたが,本年度は公開研究授業校がなく,昨年度までとは形を変えての研究大会となりました。 今後この研究大会のあり方を含め,国際理解教育の進め方について再検討していく時期になっているように思われます。
     
U.国際理解教育について
1.国際理解教育の歩み                
(1)世界平和の実現をめざすユネスコの取り組み
 世界平和の基礎作りをめざしてユネスコ(国際連合教育科学文化機関)は,1946年設立されました。
 1954年第8回総会において「国際理解と国際協力のための教育」が採択されました。以後,日本では「国際理解教育」という呼称が使われるようになりました。この年,日本を含む加盟15カ国33校でもって協同実験活動計画のもとに研究が進められ,1987年には85カ国1700校の参加を得て国際理解教育が取り組まれるようになりました。
 1960年に27校あった日本の協同学校では,「人権の研究」「他国の研究」「国連の研究」の3主題を中心として研究が進められました。
 1974年,時代の要請に沿って第18回ユネスコ総会において「国際理解,国際協力及び国際平和のための教育並びに人権及び基本的自由についての教育に関する勧告」が採択されました。「勧告」自身,これを「国際教育」と呼んでいます。今日の国際理解教育は,この勧告を基礎として発展してきたのです。
(2)ユネスコの提唱する国際理解教育の内容
 1974年,ユネスコは,それまでの取り組みが必ずしも十分な成果をあげていないこと,また,ユネスコの掲げる理想と現実との不一致があることを指摘した上で,国際理解教育の内容として,以下の4点を加盟各国に勧告という形で要求しています。
 @国際理解,国際協力,国際平和の実現のための実践的な行動を求める教育としての性  格を持たせること。
 A従来の人権重視とともに,文化の多様性並びに文化の相互理解の重要性を打ち出して  いること。
 B人類の存続と福祉を左右する人類共通の主要課題として,民族・平和・人権・開発・  文化面での問題を明らかにし,問題解決のための世界的規模での協力と連帯の必要性  を提唱していること。
 Cこの教育を公民教育と同一原理に立つ,いわば国際的公民教育として位置づけ,あら  ゆる教育形態の中で幅広くかつ世界的に展開すること。
 今日の国際理解教育は,この勧告の内容を踏まえて取り組まれており,それらの成果の上に新たな実践が始められているのです。
(3)21世紀の国際理解教育
 ユネスコは,「勧告」後20年を経て,21世紀を目前にし新たな教育指針の作成にとりかかりました。これは,単にユネスコの課題としてではなく,国際連合総体としての冷戦後を見据えた取り組みでもありました。それは,1994年に「人権教育のための国連10年」,1995年にユネスコの「平和,人権,民主主義のための教育」として公表されました。
 ここでは,「平和文化」という概念を導入し,単に戦争のない状態としてとらえるのではなく,人権・民主主義・正義・連帯・寛容・異文化理解・非暴力解決などを重視する社会のあり方が提起されています。そして,平和文化を築いていく基本には,普遍的な価値として人権が社会の隅々まで行き渡った社会,つまり「人権文化」に満ち溢れた社会が想定されているのです。
 そして,「平和文化」「人権文化」を築いていくことができるのは,「異なった文化に心を開き,自由の価値を理解でき,人間の尊厳と差異を尊重でき,争いを防ぐ,もしくはそれを非暴力で解決できるような責任ある市民」であるとしています。このような国際的な視点を持った市民を育成することが「平和・人権・民主主義の教育」の目標であるとしています。そのための具体的なスキルをもった実践力豊かな市民の育成が今日の国際教育,国際理解教育の目標でなければなりません。
 
(4)日本の国際理解教育
 ユネスコの勧告をうけ,日本ユネスコ国内委員会は1982年に『国際理解教育の手引き』を出して,国際理解教育の構造を明示し,次のような内容を提起しました。
 @国際理解教育の基盤  ア 平和な人間の育成   イ 人権意識のかん養     A中心的内容      ウ 自国の認識と国民的自覚のかん養                       エ 他国・他民族・他文化の理解の増進                      オ 国際的相互依存関係と世界共通重要課題の認識に基づく               世界連帯意識の形成                 B最終目標       カ 国際協調,国際協力への実践的態度の養成
 このような位置づけはなされたものの,日本においては,現実の学校教育の中で国際理解教育の内容的な深化は図られませんでした。その後,1984年の臨時教育審議会答申やその後の教育課程審議会答申に次第に国際理解教育の重要性が指摘されるようになり,現行学習指導要領において国際理解教育が4本柱の一つに掲げられるに及びました。こうした流れの中でようやく学校教育の中に実践への機運が高まってきたと言えます。
 
2.国際理解教育の課題
 日本を取り巻く国際環境は激変しています。「生きる力」を掲げた第15期中教審答申(1997年)は,その表題を「21世紀を展望した我が国の教育の在り方」としているように,今日の世界の現状を次のように認識しています。『冷戦が終えんし,交通手段の発達や情報化が進む中で,経済,社会,文化などの様々な面で国際交流が進展し,国際的な相互依存関係がますます深まっている。』『我が国や欧米諸国をふくめて,世界的規模での競争が激化し,その結果種々の摩擦も生じている。』『地域レベルの紛争もやむことがない。』『地球環境問題,エネルギー問題,人口問題,難民問題など,地球規模で深刻化しつつあり』『国際化はさらに進展し,加速化していくものと思われる。』
 このような時代に「生きる力」とは何かを考えれば,国際理解教育が担う課題の大きさと的確さが明らかになります。もはや誰も国際理解教育を避けて通るような時代ではなくなっています。
 今後の国際理解教育は,このような地球規模の現実的課題を見据えて取り組まれる必要があります。これまでのように国と国との間に派生する問題を念頭に置くことだけではなく,地球的規模の課題を地球市民として解決するという意識の形成や実践力が要求されているといえるでしょう。
 2002年の完全学校5日制を踏まえた学習指導要領では,総合的な学習を中心に今日の学校教育を大きく変貌させつつあります。そして,その課題の一つの例として「情報」「福祉」「環境」と並んで「国際理解」があげられているのです。これまで,述べてきたことから言えば,環境問題も福祉・人権問題も国際理解教育と無縁ではありえません。国際理解教育がこれからの日本の教育にとっても,子どもたちの未来にとっても極めて重要な位置を占めるであろうことは明白です。
 
V.岡山県国際理解教育研究会の取り組み
1.研究推進体制の確立
 本会は,これまで次の3点について重点的に研究を進めてきました。
 (1)国際理解教育に関する研究と実践の実際を整理し総括する。
 (2)国際理解教育を重点的に進めうる教科・領域での実践を推進する。
 (3)実践を交流し研究の成果を広めるために研究大会を開催する。
 (1)に関しては,研究組織を教育事務所単位の4組織とし,地域における実践の推進体制を確立しました。また,これら地域における研究を活性化し,交流するために研究大会を各地区の持ち回りとして進める体制を作りました。さらに,平成8年度からは研究推進の中核として研究部を新設し,活動内容の充実を図りました。研究部では,文部省の海外派遣教員伝達講習会や全国の取り組みについて報告する会を持つなど,県内の研究・実践を広い視野で検討しようとしてきました。
 (2)に関しては,平成7年度から,岡山市立旭竜小学校をはじめとして学校をあげての研究が取り組まれるようになり,年間指導計画に国際理解教育を位置づけ実践しようとする取り組みが進められてきました。こうした取り組みが会員研究会や研究大会を通じて検証されるよう,発表の機会を設定してきました。
 (3)に関しては,2002(H14)年久世町立米来小学校において研究大会を開催し,県内4教育事務所を二巡したことになります。研究課題に基づく分科会運営を実現し,他県からの参加者も交え,研究討議を深めることができました。なお,研究大会の内容は既に『第10回岡山県国際理解教育研究大会報告書』としてまとめ,総括を終えています。  17年度以降についての研究大会のあり方については,教育事務所再編問題もあり,組織の改革を含め,どう研究を深めていくか議論していく段階にきていると思われます。
 
2.研究の経過・成果
 これまでの研究大会を中心とした11年間にわたる継続的な県内での国際理解教育実践がどのような課題をもって取り組んできたか,また,どのような成果を生み出してきたかを明らかにしたいと思います。
(1)人権教育は国際理解教育の基盤である。
 1993(H5)年度における国際理解教育の研究・実践は,まだ全県的なものとはなっておらず,海外日本人学校での経験をもった教員による個人的な実践が中心でした。そこには,1974年のユネスコによる国際理解教育に関する勧告を理念として持ちつつも,具体的な実践内容は異文化理解に関するものが主流を占めていました。また,世界の現実問題に関わる実践も中学校では見られましたが,教員による指導が中心で知識・理解が先行する傾向を持っていました。さらに,外国人との交流は特別活動の中で取り組まれることが多く,日々の授業とは結びつきにくいものでした。しかし,これらの先進的な取り組みは,指導者の個人的な問題意識の高さに支えられていたといえます。そこでは,それまで県内で取り組まれていた同和教育の人権尊重の理念が国際理解教育の基盤として重要であると考えられていることや,コミュニケーション能力の重要性が指摘されるなど次年度への課題も提起されています。
(2)国際理解教育はあらゆる機会をとらえて行われる。
 1994(H6)年度に集約された実践報告の中で特徴的なものは,外国人子女を学校の中にどう受け入れるかというものでした。岡山市や総社市等の学校では,特別クラスを編成し,彼らの日本語獲得を支援するとともに,母国語や自国の文化を保持するための支援活動も取り入れています。また,このクラスを学校教育全体の中に位置づけることによって,学校の国際理解教育を推進しようとする意図が見受けられます。こうした取り組みは,日本の学校が国際社会に開かれて行く可能性を内包していると言えます。
 一方,教科や領域における授業実践も広がりを見せ,様々な教科・道徳・特別活動で展開されるようになりました。しかし,実践の量的な拡大は次のような問題を含んでいました。つまり,
 @「自国文化の尊重」という学習指導要領の文言が,国際社会における主体性確立とは切り離されて強調されすぎたため,例えば,『言語を通して豊かな人間性や思いやりの心を育て,祖先からの文化遺産である日本語に関心を深めることによる自国文化の愛護は,人間尊重や自・他国文化の理解と尊重につながる。また,このような調和のとれた人間形成が,国際社会の平和を願う心と態度に結びつく』として,国語科を国際理解教育と結びつけることになりました。これでは,従来通りに国語科をしていればよいことになり,何をしても国際理解教育であるという結論が導き出されてしまう危険性を内包することになりました。
 A外国のことを取り上げることが国際理解教育であり,異文化理解が国際理解教育であるといった解説が大方の理解を受けやすい状況がありました。これらは一般的には『広く世界に目を向ける子供の育成』には役だっていますが,地球的な規模で起きている諸問題をかかえる国際社会が必要としている教育から言えば,一部分でしかありません。
(3)世界の現実を理解し,自分なりに考え行動する子どもを育成する。
 1995(H7)年度は岡山市旭竜小学校において本研究会では初めて公開授業を伴う研究大会を開催しました。同校では各教科の年間指導計画の中に国際理解教育に関する視点として @人間理解 A文化理解 Bコミュニケーション力を設定して前年度から取り組んできましたが,平成7年度からはそれに加えて C世界の現実理解力を提起した取り組みをはじめました。これは,これまでの異文化理解に偏った国際理解教育のレベルを飛躍的に押し上げるものとなりました。同校では,人間理解力とは「相手の立場や気持ちを大切にし,助け合うことができる」力であり,文化理解力とは「日本や外国の文化や自然などに興味を持ち正しく理解できる」力であり,コミュニケーション力とは「相手の考えを聞き,自分の思いや考えを分かりやすく表現できる」力であり,世界の現実理解力とは「世界の平和や開発など,地球的課題を知り,それについて自分なりに考え,行動しようとする」力であると定義し,研究を進めました。
 これらがユネスコの提唱する国際理解教育の内容と重複するのは明らかで,人間理解力の形成はユネスコの『平和な人間の育成』や『人権意識の涵養』を意味しています。文化理解力の形成は『他国・他民族・他文化の理解の増進』や『自国の認識と国民的自覚の涵養』を意味し,コミュニケーション力・世界の現実理解力の形成は『国際的相互依存関係と世界の共通重要課題の認識に基づく世界連帯意識の形成』や『国際協調・国際協力への実践的態度の育成』を意味しているのです。
 こうした観点に立った実践では,例えば,5年生の社会科で日本におけるエビの大量消費が東南アジアのエビ養殖産業を肥大化させ,その結果マングローブの林を破壊していることを取り上げています。世界的な環境破壊がまさに,自分たちの生活と密接に結びついていることについて,自己判断を迫る授業が展開されるようになったのです。日本で生きるということがそのまま国際社会で生きていることになるという問題意識は,国際理解教育の核として押さえられねばならないと考えます。
 旭竜小学校の取り組みは全国的にも高く評価され,県内の国際理解教育にも大きな影響を与えています。そうした成果を引き継ぐ形で様々な実践が展開されるようになってきました。
(4)共に生きる力を育てる
 1996(H8)年度は,前年度の手法を引き継ぎ,授業公開を伴う研究大会を開催しました。早島町立早島小学校では中国の小学校との国際姉妹校縁組みをきっかけに,児童の相互訪問をPTAの活動の一環として取り組み始めています。さらに,同校ではインターネットを利用して,児童が直接コンピューターを操作して外国の日本人学校とやりとりをして情報を入手し,授業で活用するようになっています。
 また,同校では,校内研究の柱の一つに郷土理解教育を位置づけ,国際理解教育との関連を図ろうとしています。そのことによって,自らの地域の課題を見直し,国際的な問題と関連づけて実践化していこうとしているのです。例えば,地球規模で進行する森林の破壊を学習した子どもたちは,自分の地域の自然破壊や環境汚染を自分の問題としてとらえ,ゴミ処理やリサイクルなどについて,自分たちにもできる活動を着実に展開していくようになっています。
 「地球的規模で考え,足もとから行動しよう」国際理解教育が日々の実践として行われている教室には,このような標語が掲げられているところがあります。その行動が人類共通の課題を解決するものであるならば,国際理解教育は「共生の時代」と言われる21世紀を展望する教育となるにちがいありません。
 1997(H9)年度は,第5回研究大会を高梁地区で開催しました。これまでの取り組みに加え,県内に増大する外国人子女の教育を課題とした日本語教育や外国語教育を討議する新たな分科会を設定しました。すでに,国際理解教育は都市部の学校の課題ではなく,すべての地域で取り組まれるべき課題であるとの認識が形成され,着実に実践が広がりを見せていることを実感させるものでした。
 1998(H10)年度は,第6回研究大会を津山地区で開催しました。本研究課題に示された4つの研究課題とそれに基づく討議課題をふまえての実践発表と実践交流が行われ,研究を継続する上での基礎を築くことができました。また,実践報告の中には普段の授業の中での取り組みや総合的な学習を意識した内容のものが見られ,参加者にとって国際理解教育を身近に感じるものとなりました。さらに,今日,教育相談や人権教育の分野でも積極的に取り上げられている参加型学習を研究大会全体会で取り上げ,参加者全員で楽しく学びました。このような学習は,とかく知識を暗記することに重点を置いたこれまでの教育の転換を図るものとして注目を浴びています。子どもたちが実際に体を動かすことによって実感を伴った主体的な学習を展開することは,子どもたちの技能と知識を結びつけ,価値の形成を図る学習として今後とも研究を深めていく必要があります。
 1999(H11)年度は,第7回研究大会を岡山地区で開催しました。研究課題に基づく分科会運営は定着し,報告内容の検討会から研究課題との関連を踏まえ,討議の重点の設定をするなどできました。報告も岡山地区から9本出すことができ,国際理解教育研究が着実に進展していることを感じることができました。内容的にも単発的な取り組みではなく,総合的な学習を学校全体の取り組みとして展開しているものが多くなり,総合的な学習における国際理解教育の重要性が再確認されるものとなりました。今後は,さらに研究課題にそった深まりが望まれます。
 2000(H12)年度は,第8回研究大会を倉敷地区で開催しました。総社市立常盤小学校での公開授業を含む研究大会としました。常盤小学校は本研究会の会員のいない学校ですが,総合的な学習の中で国際理解教育を取り上げ研究を続けている学校でした。本会の研究課題を前提とした校内研究ではありませんでしたが,研究内容は本会の研究課題に含まれれうるものでありました。このことは,本会の研究課題がすべての学校における国際理解教育の指針として耐えうる内容を持ちえていることの証左ともいえます。一方,これまでの研究の中で出てきたさまざまな課題が表面化する大会でもありました。したがって,研究課題の書き直しを含む研究の深化が突きつけられた大会であったともいえます。
 2001(H13)年度は,第9回研究大会を岡山地区で開催しました。岡山市ふれあいセンターにおいて参加体験型学習と講演会の形式で行いました。当初の予定では高梁地区での開催でしたが,会員数が少なく準備その他の問題で急きょ岡山開催となりました。本研究会の会員の地域的な偏りの問題が現れたものと厳しく受けとめる必要があります。内容的には参加体験型学習を通して国際理解教育を実践できることが証明され,今後さらに幅広く実践が行われる可能性が示唆されました。
 2002(H14)年度は,第10回研究大会を津山地区で開催しました。久世町立米来小学校において授業公開を伴う研究大会を開催しました。米来小学校では,「米来から世界へ〜共に生きる〜」を研究主題にして,全教職員が共通理解のもと,国際理解教育の研究に積極的に取り組まれ,総合的な学習の時間・生活科で全担任が授業公開をされ,素晴らしい研究の成果を発表して下さいました。新教育課程が完全実施され,各教科・道徳・特別活動のみでなく,生活科や総合的な学習の時間に於いても国際理解教育が位置づけられ,体験的な学習がふんだんに取り入れられた国際理解教育への取り組みがなされました。
 2003(H15)年度は,第11回研究大会を岡山地区で開催しました。岡山市立中央北小学校が授業提供校として,総合的な学習の時間における英語活動の時間を公開していただきました。また,「人間理解・多文化理解」,「コミュニケーション」,「世界の現実理解」「外国語教育」の4分科会で実践の発表があり,有意義な討議がなされました。 
W.国際理解教育の内容と課題
 これまでの研究の成果と課題を踏まえ,岡山県における国際理解教育の課題を以下のように策定しました。今後の研究が分野別に展開されることを念頭に置いてそれぞれ2部の構成としました。はじめに各分野毎の研究課題を提示し,そのあと実践・研究の具体化を図るための実践課題をおいています。
 
【人間理解(人権)】
1.研究課題
 現在の日本では,教室にいるクラスメートの気持ちですら考えることもできないで行動してしまう子どもたちの数が少なくありません。また,いじめや差別をおそれるあまり,人と違うことを恐れ,集団の中で目立たないようにしようとする風潮があります。だから,相手を思いやることができなかったり,自分と相手との違いが認められなかったりするために問題が生じるのではないでしょうか。この背景には,自分とは異なるものや違うものを認めないといった排他的な社会の雰囲気があるといわれています。今日のように社会が急速に国際化する中にあっては,違いを違いとして認めるとともに,同じ人間としての共感を持ってお互いの人権を尊重しようとする態度の育成は,急務といわねばなりません。
 人間理解とは,自分を肯定的にとらえ大切にすることに始まり,相手を思いやり共感することを通して,人間に対する理解を深め自分への理解を確かなものにしていくことだと言えます。これは,世界の人々と手を携え共に平和で豊かな地球を作りあげていく上での基礎となります。したがって,人間理解は人権教育と共有する内容を持ち,国際理解教育の基盤をなすといえます。
 日本でも小さいときから男女の性差を個人差・個性としてではなく,社会的慣習を背景とする不平等を前提として知らず知らず育てられることが多くあります。また,能力主義的な学校教育の中では成績や障害の有無によって他を差別しようとする意識が生み出されることもあります。したがって,保育園や幼稚園からこのような問題を踏まえた人権教育の取り組みが重要です。相手の立場を考えて行動することや,毎日の生活の中で生じる友達との対立の解決方法を身に付ける必要もあります。このような基本的な態度の育成が人権学習の基礎になければなりません。
 さらに,様々な人権に関わる問題やその問題と闘っている人々について学習することは,非常に大きな意味合いをもたらします。問題の生じた原因や背景,その仕組みなどの学習を通して,問題を見抜く力は育ちます。また,苦しい状況の中にあっても決して屈することなく立ち向かう人々の姿からは,共感を伴って人間の素晴らしさや強さを学ぶことができます。さらに,人々を苦しめているものに対して怒りを感じることも大切にされなくてはなりません。つまり,人権の教育を通して,人類共通の人権意識や人間を尊重する態度といった普遍的で基本的な人間としてのあり方を身につけることができるのです。
 国際理解教育ではその基盤として民主的な人格を形成する課題と同時に,地球上に存在する基本的な人権が保障されていないがために起こる様々な問題への解決をも課題とせねばなりません。人種差別,男女差別,障害者差別等の差別問題,また貧困からくる児童労働やストリートチルドレンの問題,飢餓の問題等,実に様々です。弱いものが社会の歪みを負わされているのだとも言えます。そして弱者であればあるほど,その歪みを大きく強く受けてしまっているのが現状です。そしてこれらは世界の各地に見られる問題ですが,日本の子どもたちにとっても実は身近な問題でもあるのです。問題の発生している場所が海外の遠い国であろうとも,その問題の原因や構造の根底には,人権の侵害,欠落,或いは人権感覚の麻痺があります。しかも,世界中の人々の生産や世界各地の資源の恩恵を受けて生活している現代の日本人にとって,自国のことのみを考えることはもはや許されることではありません。
 世界の人権問題に関心を持ち,その解決のために自分は何ができるのかを考えられる子どもを育てることは,日本の国際理解教育の重要な課題なのです。また,そのためには,学習者がより主体的に学習に取り組み,解決し,行動力を育成することのできる参加型学習(ゲームや疑似体験,役割演技など)を研究し,実践を続けていく必要があります。
 
2.実践課題
・ 自分自身を肯定的に捉えることを通して,自尊感情を育てたか。
・ 友達や男女間など身近に存在する違いを認め,違いを尊重することができる気持ちを 育てたか。
・ 物事に対する先入観を持たず,その本質を見ようとすることの大切さを理解させたか。
・ 差別を見抜き,差別について考え,それに反対する感性を育てたか。
・ 自らの人権感覚を見つめなおし,向上させることができるような参加・体験型学習の 工夫をしたか。
 
 
【多文化理解】
1.研究課題
 従来の異文化理解は,国家間の関係を前提とした国際理解,つまり外国理解が中心的内容として考えられてきました。しかし,それはその国の一面でしかなく,これらが過度に強調されることによって,かえって外国に対する固定観念が作られてきたことにも十分注意しなければなりません。経済の急速な国際化や情報のネットワーク化の進展が,異なる文化をもった人と人との結びつきや対立を具体的に生み出すことが誰の目にも明らかになってきました。そのことによって,ようやく諸文化間の相互理解の重視が課題として理解されるようになってきました。
 今日の国際理解教育は,単に外国のことを理解し,知識を増やすことを目的としてはいません。それは,人種差別・民族紛争・戦争といった文化や民族や宗教の違いを理由とした地球的規模の諸問題の解決を目的としているといってよいと思います。したがって,多文化理解では,まず全ての国のあらゆる民族の人々が,一人の人間として,お互いの価値観や行動様式の違いを認め合う中から,国境を越えた地球市民としての意識を持つことが必要となります。つまり,「違い」を強調するのではなく,人としての営みの「共通性」を発見することが大切なのです。そうすれば,外国の人に対しても尊敬の気持ちを持つこと,自分とは異なった民族的・文化的・宗教的背景を持つ人がいることを理解しようとする気持ちを持つことがきわめて大切なことだということが自ずと分かってくるのです。そのような経験を豊かに育むことを通して,私たちは共同して人類的諸課題の克服にあたる人材を育成していかねばなりません。多文化理解は,私たちの生活が相互依存関係を深く持った地球社会の中にあることを認識し,お互いの違いを豊かさに変えていく事を通して,共同して物事にあたることのできる意志を形成することに寄与しなければなりません。まさに21世紀が「共生」の時代だといわれるゆえんです。
 多くの場合,この基礎は,家庭という枠を出た子どもたちが,自分とは異なる家庭で育った別の人格と出会う保育園・幼稚園等の中での人間関係づくりに始まります。人は自らの価値に目覚めること無しに,他人を理解することは出来ないと言われています。就学前期における自尊感情の育成は,家庭におけるそれと連動して行われる必要があります。また,子どものための諸教育機関は,子どもたちが力を合わせ,協力して何事かを成し遂げる体験を目的意識的に準備しておかねばなりません。このような態度は,その後の多文化理解教育にとってきわめて大きな役割を果たすことに十分な注意が必要です。
 日本が単一民族の国家でないことは広く知られるようになりました。さらに今日では,永住外国人が日本国籍を取得するなど日本人の多民族化が静かに広く進行しています。その上,更に在日韓国・朝鮮人をはじめ多数の外国人が住んでいます。このような点からも自分たちの社会に少数者がいるという認識は,年少の時から育てられる必要があります。そして,このような人々の持つ多様な価値観を,子どもたちが自然に認めることができるように導かねばなりません。
 近年,自文化理解の取り組みが自己認識・個性育成との関連で取り上げられています。確かに,自己が確立できていなければ他者を理解できないともいえます。しかし,このことを実践の順次性ととらえてはなりません。要は,自文化を相対的に見つめる視点が重要なのです。このような意味で,これまでの異文化理解は多文化理解として把握しなおす必要があります。
 
2.実践課題
・ 自分たちの文化や社会が他の国の文化や社会と関係を持っていることをどのように学 習したか。
・ 自分たちの社会を構成する人々の中に少数者がおり,それらの人々の文化や価値観に ついてどのように学習したか。
・ 日本が中国や朝鮮・韓国をはじめとする近隣諸外国と歴史的に作ってきた関係をどの ように学習したか。
・ 世界には様々な人種や民族がそれぞれの文化や価値観に基づいて生活していることを どのように学習したか。
・ 外国の人々の生活を探求することをとおしてどのように共感を高めていったか。
・ 世界が多くの文化が存在する社会によって成り立っていることや,相互に依存し合っ ていることをどのように学習したか。
・ 異なる民族や外国の人々の様子から自分とは異なる価値観や信念を知ることにより人 間に対する理解や自分自身に対する理解をどのように深めていったか。
・ 外国や外国の人々に対する自分の抱いているイメージや価値や思いこみを明らかに  し,それを再検討していく学習をどのように進めたか。
・ 異文化のさまざまな要素が自分たちにとっても価値あるものとして,そこから学び取 っていこうとする態度をどのように育てたか。
・ 多文化理解を進めるために外国人との直接的な交流をどのように進めたか。
・ 生徒会(児童会)活動を通した外国への支援活動の中でどのように多文化理解を進め たか。
 
【コミュニケーション】
1.研究課題
 今日の社会は,人や物が国境を越えて盛んに移動を繰り返し,相互交流は日常化しています。その結果,地球上のある地域でのできごとが必然的に他の地域に影響を与えるようになっています。このことは,私たちの生活が知らないうちに国際化しているともいえるのです。外国語が話せなくても,一度も外国へ行ったことが無くても世界の現状に無関係でいることはできないのです。だから,あらゆる人が世界のことに無関心であってはならないのです。
 情報化の進んだ今日では,マスコミや書物や専門家から私たちは多くの情報を取り入れ,いながらにして外国のことや日本と外国との関係を学習することもできます。そのような機会を積極的にとらえるならば,日本にいながら異文化理解も可能であるといえます。一方,現実の生活でも異なる文化を持った人との出会いが増え,外国人との出会いも増えています。このような場面では,協力的・友好的な出会いばかりでなく,むしろお互いの主張や行動様式が衝突することも多くあります。相互依存的な社会では,このような競合関係を前提として調和を目ざしながら共存することが双方にとって極めて重要です。そのためには,まず,相手を対等な存在として認識する必要があります。相手を理解しようと努力する必要も出てきます。まさに,異文化理解が具体的な出会いを豊かなものにするのです。外国語の修得率がそのまま異文化理解の度合いとならないのは,このような事情によります。
 さて,異なる文化や異なる民族が共存する社会にあって,何事かを共同で成し遂げようとするときには,相互理解が不可欠です。お互いの言語や思考方法,あるいは行動様式に関して理解しているかどうかは,共同作業の進展状況を左右します。これは,一方的に相手のことを理解するというだけでなく,自らを理解することと表裏一体であるととらえねばなりません。
 日本では,コミュニケーションというと相手と通じ合うことだという理解が一般的で自己主張を抑えて協調することが優先されるのに対して,欧米諸国でははっきりと自己主張することが優先されます。つまり,相手の対応の仕方を十分熟知しないと,自分を正確に理解してもらうことも大変難しくなるのではないでしょうか。急激に変化する社会にあっては,十分な相互理解を待つ時間的余裕はありません。したがってコミュニケーション能力は技能として訓練するより他にないのです。言うまでもなく,コミュニケーション能力には,言語のみならず,目の動き・ジェスチャー・表情・声の出し方・相手との距離など非言語的要素も含んでとらえる必要があります。
 互いの気持ちや行動を理解し合うために,はっきりと自分の気持ちや行動の理由を相手に伝えることは重要です。これは,日々の教育活動の中でも重視されているはずです。自分のことを相手にはっきりと伝えるためには,自分の意見に自信を持つ必要があります。自分の意見や存在に自信を持つためには,他から共感を得たり,互いの存在を認めあったりすることが大切です。つまり,良好な人間関係を基礎として相互理解や相互協力は成り立つのであって,コミュニケーション能力の育成は,このような視点のもとで行われる必要があります。
 
2.実践課題
・ 日常の実践の中で,「話す」「聞く」技能を高めるためにどのような手だてを講じた か。
・ 公の場での発言能力をどのように高めたか。
・ 話し合い活動を通じて,自治的能力をどのように高めたか。
・ ディベートなど「話し合い」の技能をどのように高めたか。
・ 相手の立場を尊重し,認めあう態度をどう育てたか。
・ 作文や会話・話し合い,芸術を通して身近な人や異なる集団に対して,世界について の自分の考えを表現する能力をどのように育てたか。
・ 外国人と接する場をどのように用意し,その中で子どもたちはどのような出会いを生 み出したか。
 
 
 
 
 
【世界の現実理解】
1.研究課題
 世界の現実を大観するとき,私達の目に映ってくるのはどんなことでしょう。地域紛争,宗教的対立,環境破壊,経済格差の拡大,食糧難など決して楽観的な未来を暗示してはいません。しかし,一方で,コンピュータをはじめとした科学技術の驚くほどの進歩は,つい数年前には夢物語だったことさえ現実にしてしまう勢いを持っています。このような情報化社会の進歩とさまざまな地球的課題を前にこれからの子供達は立っているのです。このような現実世界の中で,子供達はどのような視点を持つことが必要なのでしょうか。
 今年3月,米英軍によるイラク攻撃が始まりました。当初,アメリカは「イラクにある大量破壊兵器の武装解除が目的」「イラクは国連の査察に協力しなかった」「イラクの国民を解放する民主化のための戦争だ」などの理由を挙げていました。一方イラク側は「侵略戦争だ」「侵略者から祖国を守るための聖戦(ジハード)だ」などの理由を挙げ,こちらも一歩も引きませんでした。結局,兵士だけでなく,大勢の民間人も犠牲になりました。
「大量破壊兵器」も依然発見されておらず,「何のための戦争だったのか」ということさえうやむやにされてしまっています。「国連の役割・存在意義」も問われたのではないでしょうか。
 また,地球環境に大きな影響をもつ二酸化炭素の排出をめぐる「京都議定書」について,アメリカ合衆国は,自国の経済の活性化を優先させる見地から,同議定書からの離脱を表明しました。世界の二酸化炭素搬出量の四分の一を占めるこの国の離脱は,地球的規模で環境問題を考えなければならないときに,大きな反動と言わねばなりません。超大国の「国益」を主張する政府を支えているのは,いうまでもなく「今の暮らしのレベルを下げたくはない」という「国民」の意識です。「先進工業国」が自国の経済を優先せざるを得ない現在の国際社会において,私達に求められる行動力をあらためて考えなければならないでしょう。
 これ以外にも,中東問題の悪化,頻繁に起こる爆弾テロ,依然としてなくなることのない核実験や核開発,進展しない拉致問題などがあります。そして,それらの陰には必ず犠牲になって苦しんでいる人がいることを忘れてはいけません。
 私達の生活は,世界のさまざまな国や人々との相互の関係のうえに成り立っています。その世界の現実を理解し,よりよい国際関係,よりよい日本社会を作っていくことは私達の使命でもあります。さまざまな問題を地球的な視野で認識し,判断して,正しく行動していくことは,とても大切なことです。
 人は誰しも世界の現実に関心を持ち,それに対する自分なりの意見や解決への方策を主張する力を身につけねばなりません。そして同じように考える地球市民意識をもった人々との協調・連帯が追求されねばなりません。そのときに大切なことは,『自国の文脈で世界を見るのではなく,世界の文脈から自国を見る目』です。地球社会の一員としての自覚を持ち,地球的課題の解決に取り組もうとする意欲や行動力をもった人が今こそ求められているのです。
 
2.実践課題
・ 世界の現実問題についてどのような情報を集め,自らの生活と関連づけて把握するた めに,どのような教材を用意し,学習していったか。
・ 児童生徒が正義感や公平さを身につけるためにどのような学習を用意し,実践化して いったか。
・ 人権侵害や戦争に関する認識を高め,それを解決するためになされている努力につい てどのような教材を用意し,学習していったか。
・ 学習した内容をどのように校内や地域社会に還元したか。
・ 環境を守るための地域や地球的レベルの努力についてどのような教材を用意し,自分 の課題としてとらえる児童・生徒をどう育てたか。
・ 地球的課題を解決するための自分なりの意見や主張をどのように育て,表明する機会 をどう作ったか。
 
【外国語教育】
1 研究課題
 交通や通信等の技術が高度に発達し,様々な面で国際化が急速に発展する現代においては,他国の人と交流したりコミュニケーションをとったりすることが,今まで以上にますます重要になってきました。
 このような時代の流れを背景に,新学習指導要領においても小学校3年生から学習する「総合的な学習の時間」において,国際理解の一環として外国語会話を行うことができるようになりました。また,将来的には小学校においても英語科を導入しようとの動きもあるようです。
 本会では,以上のような現状を踏まえ,本会における外国語教育の研究課題をおおよそ次のようなことととらえています。
 まず第一に子どもたちと外国語との出会いを大切にするということ。ここでは,子どもたちが外国語を学習することに対する楽しみや必要感をもつことができるような動機付けが大切です。
 第二に,外国語教育を日本人のコミュニケーション能力を高めるための一手段として活用するということ。単に言語の習得を目的とするのではなく,会話するときの表情や仕草など,従来の日本人が苦手としてきた部分の表現力を重視する学習計画が大切です。
 第三に,外国語教育の成果を生かす場を設定するということ。あいさつや簡単な会話など外国語教育の成果が日常生活の中で使えるようになることが理想ですが,現実にはそのような場はまだ多いとはいえません。したがって,学校教育の中に学習の成果を生かしたり活用したりすることができる場を意図的計画的に作っていく必要があります。
 
2 実践課題
・ 子どもたちが外国語教育への関心を高め,興味を持って取り組める活動をどのように 設定したか。
・ コミュニケーション能力を高めるための学習活動をどのように計画し展開させたか。・ 外国語でのあいさつや会話を学校生活の中で生かす場をどのように設定したか。