国際理解教育の目標概念について           3の観点とグローバル意識について

各観点と内容と他の観点との関り

【知識の観点】では、国際理解教育の基本概念を 網羅しました。これらの概念が、 児童生徒の発達段階に応じて適切な言葉に翻訳されて継続的に提示 することが大切です。 これらの概念は、 多文化共生社会と世界のグローバリゼーションを念頭にしたもので す。 自国第一主義や特定の主義主張によって差別化するような方向性と は明らかに違います。 また、 経済的な利潤を追求するためにグローバリゼーションという言葉を 使うのならば、 それとも一線を引くものです。これらの概念を提示する行為は、 ある種の政治的な発言でも あります。しかし、 平和で豊かな世界をめざすために広く合意された考え方であり、 その 基本的な考え方の根底には、「すべての人の基本的人権の尊重」「 今を生きている人々す べての人に対する敬意」といった「人権意識」があります。 どのような人に対しても、さ げすんだり、憎んだり、また道具のように扱ったり、 もちろん命を奪ったりすることは許さない という考え方です。義務教育段階で、 児童生徒の柔軟で可能性に満ちた頭脳に、未来への希 望として伝えていくべきものです。 

教育課程を通して, これからの時代に求められる教育を実現していくため には, よりよい学校教育を通してよりよい社会を創るという理念を学校と 社会とが共有することが求められる。 (小学校学習指導要領解説総則p6 国際理解教育が、単なる異文化伝達の授業に終わらずに、 未来と社会に開かれた教育 であるために、この知識の目標概念があります。

次に具体的にひとつひとつの目標について解説をします。

�@国際協調・平和

戦争に対して「心の砦」を築くために、国際理解教育があります。 この大目標を見失うことがあってはいけません。20世紀は、 悲劇的な大戦の歴史でもありました。 過去の歴史への振り返りも重要です。二つの大戦では、 それぞれ軍人民間人合わせて1600万人、5000万〜 800万人の犠牲者を出したと言われています。 戦争へと向かう熱狂、排他主義、 そして憎しみと悲しみの連鎖が人々を戦争へと突き動かしす。 また、 背景には経済的な苦境や政治的なプロパガンダ・主張があります。 毒ガスが兵器として使われた第一次 世界大戦から、核兵器の第二次世界大戦、 そして次の大戦が起こればより効率的に人を殺す武器の開発は 続くでしょう。 戦争がない世界を築き上げるのは至難の業ではありますが、 その努力は教育に始まります。 悲惨な歴史を伝え、戦争を生み出す要因を知り、 すべての人間に平和への強い決意を抱かせるために国際理 解教育はあります。〈他の観点との関わり〉

 この大きな目標が、最も深い関わりをもつのは、 第4の観点である「グローバル意識」です。 戦争のない世界を構築するのは、非常に困難な事業です。ただ、「 戦争がない世界を」と標語を掲げても、世界には民 主的で公平な社会だけでなく、圧政や独裁、 弾圧的な政治が行われ暴力が支配している社会は存在するのです。 理想としての平和を実現するために、 手段としての戦争を容認せざるを得ないこともあるかもしれません 。この遠い道のりは、 人類の歴史という長く大きなグローバルな世界観の中での一人の人 間としての位置づけを考えなくては、 到底受け入れられるものではありません。 世界を一つのものとして考えられるということは、 空間的な全体性だけでなく、時間的な全体性も感じられる「 グローバル意識」を必要とします。 世界の平和という人類にとっての最大の幸福は、 グローバル意識なくしては実現されません。

�A 文化的多様性と共通性

外国を旅行したり、生活したりすると、 文化の違い多様性に思わず目が向いてしまいます。 また、言語の違いは、意思の疎通を難しくします。しかし、 こうした違いの底に流れている「人間として共通性」 に気づかねばなりません。 自分たちの文化が最も優れているという考え方は、 差別や偏見につながります。多様 な文化を人やものとして保有すればするほど、 社会には活力があふれ、新たな価値観やコミュニケーションが次々 と創造されていきます。けれども、 多様性は社会に複雑性をもたらし、 これまで簡単に行われていたことが簡単で はなくなり、 これまでは創造もできなかったようなことが生起します。 多様性は、それに伴う困難とセットにな っていますが、 そうした困難につりあう豊かさをもたらしてくれます。 国際理解教育の他の目標概念や思考力等、 人間性によって、 多様性の中に人類としての共通の価値を見出すことができます。 授業でも、異質性だけを強調 しては、ただのバラエティ番組と変わりません。また、 過剰な自文化中心主義には十分注意を払う必要があります。

〈他の観点との関わり〉

 文化的多様性を認められるには、 他の観点との関わりは欠かせないものです。あるいは多様性を 理解するということは、差別や偏見、 ステレオタイプから自由に思考できる批判的思考できること でもあり、異質なものへの「受容的な態度・エポケー」 といった態度を示すことでもあります。 「多様性の中に共通性を発見する」という目標は認知的にも、 情意的にも広がりを持たなくては意味 がないのです。

�B  相互依存

日本の食料自給率は、カロリーベースで39%。 エネルギー自給率は、6%。日本は、国際的な 相互依存関係に組み込まれています。しかし、 この相互依存の目標は、国と国だけでなく、社会 と社会、文化と文化、 そして人と人の間にも成立する相互的な関係です。

他の 観点との関わり〉

グローバル意識が関わってきます。国際経済は、 グローバルな視点がなければやがて崩壊するでし ょう。自国の利益や富だけを追求する姿勢は、 やがて貧富の差を拡大し戦争や内乱を勃発させ、 回り巡って自国を不利益な環境へ追い込みます。 フェアトレードや企業のESGは、相互依存と いう概念に加えて、 社会への貢献といった3つ目の観点ともつながらなければなりませ ん。

�C正義・公共性

仲が良くても正義が守られなければ意味がありません。 公共性とは、社会について考えるときの基軸となる概念です。「 平和で民主的な国家及び 社会の形成者」を育てるためには、 正義と公共性というふたつの目標概念を教える必要があります。 西欧では、「市民性の教育」、 すなわちシティズンシップ教育が実践されています。

〈他の観点との関わり〉

ここでもグローバル意識との関りは重要です。 学級の問題解決が正義の観点からなされたとしても、 それは国際理解教育ではありません。 いじめの問題と平和の問題には、多分子どもたちの頭の中で は接点は生まれないでしょう。かつて、 人権教育の実践を国際理解教育として発表されましたが 、国際理解教育は人権教育の一部ですが、その逆は真ではない。 グローバルな視点から、正義や公共性の問題 を考えて初めて国際理解教育と言えます。 移民問題は、 正義と公共性の観点と異質なものの受容やエポケーと言った態度と もつながります。 因習の中には、 正義と異質性の受容という相反する行動を求められる場合も生まれ ます。そこでは、 第2の観点にある批判的な思考力が、 重要な鍵を握るかもしれません。

�D 共生

 生きているということは、 すべてがつながっているという概念です。草木国土悉皆成仏という 仏教の考え方でもあります。すべては生態学エコロジーです。「 他者との共生」 「環境との共生」そして「自己との共生」 という3つの共生があります(佐藤郡衛)。 相互依存との違いは、生き方に関わる概念であることです。 中でも自己との共生は大切な概念だと考えます。

〈他の観点との関わり〉

非常に大きな概念であるために、 他の観点の思考力等や人間性のすべての目標項目とも密接につなが り を持ちます。

�E 持続可能性

 Sustainability 未来への責任を取らなくてはいけな いという概念です。今を未来の視点から考えます。ESD( 持続発展教育)は、2004年に日 本が国連が主導しました。ESDの10年は終わりましたが、 引き続き SDGsの中では、「より質の高い教育」 目標に位置付けられています。その中では、 より範囲を広げて、「持続可能なライフスタイルのための教育」 も求め られています。

〈他の観点との関わり〉

この概念は、1987年のブルントラント委員会において、「 世代間衡平」すなわち現世代だけで資源を 枯渇していいいのかという課題意識に始まり、 そしてパリ協定での「気候正義」という言葉につながります。 未来とのつながりですから、 想像力やそれを裏付ける批判的な思考力が求められると同時に、 世代間の公平を求 める人権意識や今自分たちに何ができるかという社会参画の態度も 関わってきます。

�F 民主主義

民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、 民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」チャーチル。 選挙権が18歳に引き下げられました。政治について、 民主主義的手続きを小中学校段階の児童生徒に考えさせることは重 要です。

〈他の観点との関わり〉

この概念ほど、対話的に学ばねばならないものはないでしょう。 ドイツの政治教育の原則であるボイテルスバッハ・ コンセンサス(1976年)が参考になります。

�@ 教員は生徒を期待される見解をもって圧倒し、 生徒が自らの判断を獲得するのを妨 げてはならない。

�A 学問と政治の世界において議論があることは、 授業においても議論があるこ ととして扱わなければならない。

�B 生徒自の関心・利害に基づいて効果的に政治に参加できるよう、 必要な能力の 獲得が促されなければならない。このコンセンサスから、 思考力や人間性に関わるいくつかの項目がすぐに想起されるのでは ないでしょう か。

【思考力・判断力・表現力等】には、次の目標をあげました。

�@  批判的思考力

 「批判」という言葉で惑わされないでください。 物事を正しく理解するための考え方です。でも、皆さん が授業で身につけさせている思考力の一覧と同じです。西欧では、 きちんとスキルとして勉強します。誤っ た情報や考え、ステレオタイプや偏見などを扱い、 論理的に物事を考える技能を手に入れます。詳しくは、 下のブルームの思考の一覧表をもとに改変したものをご覧ください

�A 課題解決能力

 一人で解決したり、協力したり、 ある時は言語の壁を越えて取り組んだりもします。

�B 想像力

 遠い場所、遠い過去などの遠い出来事、 そしてそこにいた人々の気持ちや考えを想像できる力は大切です。 芸術は感性を育て、想像力を鍛えます。

�C コミュニケーション能力

 考えの違う人ともコミュニケーションができる、 言葉が違ってもコミュニケーションをしようとする。 相手の考えを受容するための沈黙も必要です。

 操作的スキル的な能力を上げてあります。中でも、 批判的思考力は明確な内容についてさらに吟味しなくて はなりません。「批判的」 という単語が与える日本語の印象はあまり好ましくないかもしれま せん。どちらか というと、他者へのマイナスの働きかけという意味が「批判」 にはあり、自らの安易な思考態度への「省察」や 「反省」といった言葉の方がふさわしいと思います。それは、 批判的思考力のリストを、次のブルームの思考一 覧表に位置付けてみると明確になります。

 想像力を、 ここに位置付けたのは日本国内という限定的な地域において、 世界に目を向けるときに求められる 能力ではないかと考えるからです。 他人事から当事者性に響感できるのは、 想像力をおいてはありません。ま た、この力の源は芸術的な感性の力でもあります。学校が、 知識重視の知的な働きの場だけでなく、音楽、絵画、 造形、スポーツなどの多彩な創造性を孕んだ活動によって、 児童生徒の感性を開いていくことが重要です。知的な 理解とともに情緒的で感覚的な理解は、 行動へのモチベーションにおいて欠かせないものです。

 この能力だけに着目すると、「操作的スキル的」ではありますが、 「操作的スキル的」に指導し てほしくないと考えます。「観点の対称性」で後述しますが、 この4

 

思考のスキル

批判的論理的な思考力について

記憶

記憶するものが自分の知識の中に組み込まれる

記憶したものを思い出す

 

相手の主張の論点や視点をとらえる

考えや意見の根拠や理由を把握する

考えの進め方が論理的か

論理の飛躍はないか

使われている用語が共通の定義なのか

推測が含まれていないか

科学的な根拠はあるのか

メリットとデメリットなど、相反する考えが対等な立場にあるか

議論の前提が明確か

議論の仮説が適切か

次の誤った論拠はないだろうか

・相関関係と因果関係をいっしょにしていないか

・特殊な事例を一般化していないか

・アナロジーで推論していないか

・流行に流されていないか

・偏見はないか

・ステレオタイプな論理になっていないか

 等

理解

解釈する

例をあげる

分類する

要約する

推測する

比較する

説明する

批判的思考

 

論点や視点をとらえる

議論の根拠を見出す

論理的な一貫性はあるか

仮説・前提を吟味する

誤った論拠に気づく(相関と因果関係の違い、一般化、 アナロジー、流行、偏見、ステレオタイプ)

応用

与えられた課題を実行する

自分たちで課題を見つけて実行する

評価

チェックする 批評する

創造

新たなものを考え出す

プランニングする

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【学びに向かう力・人間性等】の5

�@  人権感覚   すべての人間は、その人らしく生きる権利があります。

�A 寛容・共感  相手の思い、気持ちをまずわかってあげる。 怒りや憎しみを抑える。

�B 協力・協調  人は一人では生きていけない。 一人ではできないことがたくさんある。

�C 異質なものの受容  自分とは違う、自分たちとは違うからこそ大切にする。また、 エポケーというのは、 優劣をつけようとする判断を一部棚あげにするということです。

�D 社会・地域への参加 私たちには社会をよりよくしようという責任がある。

 当然、道徳の中にも同じ項目があって、 それらをさらに国際理解教育の内容に細分化したものですから、 十分に理解していただけると考えます。

 こうした態度は、 そのもとになる価値観を児童生徒が内面化することで働き始めます 。我が国の伝統的な教育の手 法として、 児童生徒に価値観を内面化させることで行動の変様を図ってきまし た。利害関係や契約関係で行動するので はなく、 内なる価値観によって自発的に動けることに意義を持たせているの です。優れた学級経営は、教師の姿が見え ないときにこそ児童生徒の空間に発揮されます。ESDやSDG  この観点は、従来の「意欲・関心・態度」 が学校の中の学びに限定されるきらいをなくして、「社会・ 世界にどのように関わり、どのように生きるのか」 という開かれた学び、 生き方につながる学びへと変えていくものです。 学習の成果を確認するためのテストは必要ですが、 テストの結果が学習の目的ではありません。国際理解教育は、 まさに「社会に開かれた教育課程」を代表するものだからこそ、 この5つの観点が、 児童生徒の授業の中で扱われる必要があります。

※ 児童一人一人がよりよい社会や幸福な人生を切り拓ひらいていくた めには,主体的に学習に取り組む態度も含めた学びに向かう力や, 自己の感情や行動を統制する力, よりよい生活や人間関係を自主的に形成する態度等が必要となる。 これらは,自分の思考や行動を客観的に把握し認識する, いわゆる「メ タ認知」に関わる力を含むものである。こうした力は, 社会や生活の中で児童が様々な困難に直面する可能性を低くしたり 直面した困難への対処方法を見いだしたりできるようにすることに つながる重要な力である。また, 多様性を尊重する態度や互いのよさを生かして協働する力, 持続可能な社会づくりに向けた態度, リーダーシップやチームワーク,感性, 優しさや思いやりなどの人間性等に関するものも幅広く含まれる。 (小学校学習指導要領解説総則p38

【グローバル意識】は、 この3観点をさらに大きく内包する最も重要な概念です。 国際的な協調や活 動の統合を強く支持し、 そのための行動の意思を持つことを意味します。 それは気候変動や貧困国の飢 餓の問題などに、積極的にかかわるという決意です。SDGsは、 グローバル意識の中で初めて実効力 を持つ課題としてとらえられます。身近な人権意識から、 世界の不平等や不公正に目を広げていくグロ ーバ意識こそが、国際理解教育の中核にあるのです。 ユネスコでは、GCED(グローバル市民教育)を、 「世界をより平和的、包括的で安全な、持続可能なものにする」 ための教育として取り組んでいます。

その教育の3つの側面のうち、認知面、行動面の2つの側面では、 本会の国際理解教育の3つの観点の目標と多くが重複し、 もう一つの情意・社会的側面(「共通の人類への帰属意識、 ならびに共通の価値観や責任、共感、結束や違い・ 多様性を尊重する力」)が、本会のめざす「グローバル意識」 とほぼ近いと言えます。また、SDGsの目標4. 7には教育目標として、GCEDとESD教育が、 教育の主流となることがあげられており、 国際理解教育と入れ子のような関係になっています。(なお、 ESDの後継計画は、GAP(Global Action Program)ですが、国内では、 SDGsへと移行している感があります。SDGsの中では、 大文字のESDではなく、 持続可能な開発と持続可能なライフスタイルの教育というくくりで 、より身近な生活にも目をむかせようとしています。)