派遣教員制度から、今後の活動

                                                全海研・会長  滝 多賀雄

100号巻頭言(2015年1月18日発行)

 初派遣者が海外赴任について44年目を迎えたここで、100号記念会報を発刊できる幸せを感じ、先輩諸氏が炯々として苦難のなか、学校を形づけ、運営できるように努力された行為に対して敬意を表します。また、志半ばにして任期を全うできずに逝かれた先生方にもこの紙面をお借りし、衷心より哀悼の意を表せて頂きます。
 海外に、教師が派遣されるようになったのは、各企業等が海外での企業活動を活発化させ、海外拠点が必要になり、その拠点に日本からの人員を配置し、家族を伴っての派遣になり、その派遣家族である、児童、生徒の教育への配慮からです。海外拠点地に日本人会が発足し、その中で教育への対応も考えられ、学校建設に伴い、日本政府に教員派遣の補助を求めてきた結果、1962年発足当時、国立学校教員が最適の対応として、国立大学附属校からの派遣という形で行われました。最初は東京の東京学芸大学附属校が対応に当たり、学校数が増えるにしたがい、全国各地の教育学部を要する国立大学附属校から派遣し初期対応に当たりました。その対応に当たったのが、バンコク=東京学芸大、ニューデリー=大阪教育大、ヤンゴン=愛知教育大、香港=茨城大、カルカッタ=群馬大、台北=福岡教育大、ムンバイ=信州大、クアラルンプール=静岡大、マニラ=滋賀大、シドニー=千葉大、シンガポール=宮城教育大でした。
 1970年代になり、固定化された附属校からの派遣者だけではまかないきれず、各都道府県教員から派遣を行ってきました。しかし、この派遣も公募ではなく、各都道府県教委での派遣者選考のもとに行われ、各都道府県、退職・休職・職専免等まちまちの対応で行われてきました。それでも、数多くの学校開設の動きが起こり多くの派遣教師を確保しなければならなくなりました。1978年から全国一本化した「研修出張」という形になり、各都道府県で公募し、派遣教員の増員が実施され、急増する学校対応に当たってきました。発足以来命令権者は「外務大臣」により行われてきましたが、1980年から任命権者は文部大臣(現文部科学大臣)に変更になり実施されてきました。その後、全海研提案により「シニア派遣制度」が実施され、一度退職した方々の再派遣が行われるようになりました。
その後、シニア派遣の中に、海外勤務無経験者も教諭に限って派遣されるようになってきました。
 このように、異文化の中で生活する児童生徒に日本の高い教育を施すために、派遣制度は発足時には考えられなかった制度に発展してきました。
【意識変革する派遣教師】
 この派遣教師にとって、1,原価意識、2,協調意識、3,責任意識が大きくのしかかってきます。 多くの派遣教師は、公立学校出身者であるために、経済対投資効果すなわち原価意識はほとんどありません。最近でこそ、廃棄した紙の再利用が叫ばれている地域もあります。しかしまだまだ、日本全国から考えますと、実施状況は低いです。この点、学校運営委員会の方々は、原価意識の高い企業人ですから、学校運営経費については、厳しい査定が当たり前に対応されます。学校長が運営委員会で○○事業を推し進めたいといって提案すると必ず、その投資に対しての効果はどう見積もっているのかと求められます。それに対しての回答に即答できない場合は却下されることも当たり前と考えて対処すべきです。
 また、全国から集まってきている教員集団の中で、自分の知っていることばかり主張し、妥協ができない教員が多々見受けられます。一つの事業を遂行する際に、一番大事にするべきことは何か、考えていけるようにしたいです。  
※ここで派遣教師として考える事項として6,7頁を参照願いたいです。
【在籍する児童生徒の教育環境は】
 日本から世界に赴任し、世界を知ることになった保護者は、自分の子ども達への期待を込めています。世界の中で活躍できる人々になってもらいたい、と願う人々が多くなり、教育への期待も増してきました。
 保護者は、教師が考えている以上に、大きな視野・思考で物事を考え、教師への要求も大きなものとなって来ました。それに応えるために、教師自身も今までの殻から脱皮し、視野・思考を高め、深め、広めて対応しなければならなくなりました。

 現在、進路先の問題で、現地校への進学が多い地域も見受けられ、視野・思考を広めなければならない、現実の厳しい対応が求められているところもあります。
【有名人の学校訪問】
 日本で有名人として活躍している「芸能人・タレント・俳優・知識人・政治家」等が世界各地の日本人学校を訪問されることが現実に多く見られます。多くの一流の人、日常では滅多に目にできない特技を持った方々等、すばらしき人々と接する機会は、一段と多くなります。そこで、有名人が来ますと、「いらっしゃいませ」と簡単に受け入れてしまっています。現実には、教育的見地からみて、児童生徒の前に出させなかったほうがよかったという方々も多く、出てきています。そうしたことを踏まえ、「有名人即教育的効果がある」とは思わないで、きちんとした事前の打ち合わせも必要かと思います。教育的配慮のない行動・言動があることが今までに多く指摘されてきました。これから派遣される方々、現在・派遣中の方々の中でも、管理職の方々には慎重な対応をお願いしたい一つであります。
【日本文化の継承】
 日本文化といっても、とてつもなく遠くのものではなく、一番身近な文化として「箸」文化があります。この「箸」を自由自在に使用することは、現代の若者にとって大変難しいです。「箸」は、一本を親指と中指の間に親指で押さえつけ、薬指で支えて、もう一本を親指、人指し指、中指で挟み込み自由に動かして「箸」本来の使用を可能にしています。現代では、大の大人でもしっかり使えていない方々を見受けます。
 反面日本人以外の方がしっかりした使用法で上手に操っている場面を見かける機会も増えてきました。
 この操作ができると細やかな指先での作業も隈無くできるようになってきます。この指導こそ、親として大事な躾け仕事なのですが、身近なところで見ていますと、「箸握り」ができない児童生徒の姿を、数多く見かけるようになってきています。
 書写のすばらしく秀でた児童生徒は、この握りがきちんとされています。きちんとした「握り」ができていない児童生徒に書写の優れた子を探し出す事は皆無に等しいです。これらのことから日本文化・教育を実施する機関としての日本人学校・日本語補習授業校では、ぜひ、機会を見つけて「箸握り」指導を、日本文化の初歩指導と位置づけ行って頂けたら幸いです。
 言葉の習得も重要でありますが、立ち振る舞いも重要な要素であります。先生方の経験を生かして視野・思考を高め・深め・広め、目の前の児童生徒の視野・思考を広めるためにご尽力されますことを御願いいたします。
【全海研・派遣教師の存在意義】
 派遣教師経験者が主体の「全海研」では、派遣経験教師の経験を生かし、日本全国にグローバル人材を育成していける教師を育てる活動が重要になります。その活動の中で、一人一人、その原動力になり、その活動の先頭に立って頂きたいものです。
 研修出張で海外に出てきた意義を熟考し、山深い奥地や、海辺、地方都市で活動している人、大都会の喧噪の中に埋もれている人、それぞれの立場で、自分の存在意義を感じ、能動的に前進していってもらいたいです。海外研修の意義を意味を考え、異文化を肌身で感じ、異文化の中で生活してきた経験を生かしてもらいたいです。その経験・体験から、児童生徒にどのような事を養成していけばよいのか考え実践してもらいたいです。自ら進んで児童生徒育成に力を注いでいく必要性を、皆さん感じてほしいものです。
 児童生徒は、刺激を与えますと、こちらで予想もしないような反応を示し、素晴らしい結果も芽生えます。
 児童生徒は、今は、同じように見えますが、「桜・梅・桃・杏」のように、花の時期は区別がつきませんが、果実になると全く違っています。このことを胸に、皆様の日本各地で、世界各地でのご健闘・ご活躍をお祈り申し上げます。