小学校英語教育の実践                                

英語を使って世界に羽ばたこう!

Use English and Cgallenge the World! 学ぶ英語から、使う英語へ

                               信州大学名誉教授  渡邉 時夫

                                                     長野・小諸市教育委員会(指導主事)

                                                            

105号巻頭言(2017年7月28日発行)
(1) 小諸市寸描
 向上心に燃える小諸の住民の熱意に押されて明治26年、小諸義塾を創設し、明治32年には島崎藤村を英語と国語の教員として招いた木村熊二で知られる町である。木村が渡米し優秀な成績で卒業したと言われているミシガン州のHOPE COLLEGには毎年小諸市内の中学生10名内外を派遣している。HOPE COLLEGEの他、島崎藤村が教鞭をとったことのある明治学院大学とは現在も強い関係を維持している。人口44,000、小学校6校、中学校2校、高等学校2校を擁し、小諸義塾の精神を受け継いで教育に燃え、浅間山と千曲川に囲まれ、小諸城址(懐古園)を誇りとする地方文化都市である。

(2) 小諸市の英語教育について
 @ はじめに --- 英語教育についての小諸市の基本的な考え方
 戦後、70年以上にわたり、様々な英語教育に関する理論や指導法が欧米等から紹介された。
 筆者は、この6月で丁度傘寿を過ぎ、中学、高校、大学、大学院で57年間英語教育に関わってきた。この間、筆者もそれら多くの理論や指導法を実践し、著書や論文、学会報告で
英語教育の改善策を論じ続けてきた。振り返ってみると、多くの学者や実践家の努力にも拘わらず望ましい結果はいまだに得られていない。 英語教育の成果をあげるために費やした莫大な時間とエネルギーはどこへ消えてしまったのだろうか。60年近くもの経験を振り返ってみた時、日本の英語教育の進展を阻んできた主な要素を明確に指摘することが出来る。それは、(a)英語教育の最も大切な目標がコミュニケーションであることを軽視してきたこと、(b) 英語教員自身が英語使用能力が十分でなかったこと、(c) 英語の授業では、教員が質問する人、学習者は答える人という実態が固定し、その不自然さを誰も重大視してこなかったこと、である。
 特定の言葉を修得するには、その言語を多量に浴びることが必要且つ絶対条件であることを思い起こせば、教員が分かり易い英語を工夫して話し、文字で表現する力を具え、その力を常に行使していることが英語教育成功のカギであることが明白である。しかし、この点が欠如していたために、思うように英語教育を発展させることが出来なかったわけである。 また、上記のような条件が揃えば、子ども達は、早期に外国語学習を始めることが得策であることは明らかである。このことから、小諸市では、10年近く前から小学校1年生から英語教育を導入し、小学校教員の英語使用力を補う意味で、ALTを採用している。ただ、改善しなければならない課題が多く、課題解決のため思い切って様々な改善に踏み切った。その一部を紹介したいと思う。

A ALTの独自採用
 ALTを小諸市独自で採用することとした。6校ある小学校専用に4名,2校の中学校には各1名ずつ常駐させることとした。児童・生徒にはできるだけ異なった文化圏出身のALTを採用することとし、中学校の二人は、アメリカとウガンダの出身者。小学校にはカナダ、アメリカ、そしてオーストラリア,イギリスの出身者を配置した。2〜3年に一度の割合で、ALTを配置替えし、子ども達にはできるだけ様々な文化、言語に触れるよう配慮した。
 小諸市では、各学年の年間授業時数は、下記の通りとし、1年次から6年次までALTと
 HRTとのTeam-Teaching で行っている。子ども達が、常に自然な英語のやり取りに接する事ができ、英語使用力の基礎を豊かに築くことが出来ると信じている。
1年10時間、2年2 0時間、3年35時間、4年35時間、5年70時間、6年70時間

B 組織化
 (a) 小諸市英語教育推進委員会
先ず組織を2つ作ることとした。一つは「小諸市英語教育推進委員会」とし、小学校と中
 学校の各校から選ばれた(27年度からは高校を含め)1名と、すべてのALTをもって組織
し、2か月に1度英語教育に関する課題解決に当たることとした。授業の推進に当たっては、ALTとHRTとの相互理解が欠かせないので、ALTも含めることとした。司会者は、互選により決定、実践報告・質疑応答や指導主事の指導などを主たる内容としている。
  4月当初には、指導主事から、《 Listen (Read ) ⇒ Think ⇒ Judge ⇒ Decide ⇒ talk (表出) 》の指導過程を常に念頭に置いて指導し、単なるdrillに時間をかけ過ぎないよう指導を徹底した。Active Learningに繋がる基本的な指導の有り方として、すべての学校で大切にしている。
 この委員会では、授業実施に当たって、下記の点を重視するよう互いに確認した。
(i) 授業は、本来HRTが主導すべきであることと、これからの英語教育は、コミュ
ニケーション力の育成が狙いであることから、HRTは、常にALTと二人で子どもたち
の前に並び立ち、何時でも英語でコミュニケーションがとれる態勢をとること。
(ii) Use English and Challenge the World! --- この小諸市の目標を忘れないこと。
  これまでの英語教育は、先ず、(あ)) 文法、発音、文字など正確に勉強して、しかる後に、
(い) 使う練習をしよう、という筋書きに基づいていた。しかし、誰もが体験しているよう
に、Use of Englishという点で失敗に終わっている。 そこで、小諸市は、下記の通り、英語教育を大きく変えようと考えた。
--- Listening input (理解可能な英語のインプット)を大切にしながら、英語を使うことによって、コミュニケーション力を徐々に伸ばすための工夫を実践。
すでに述べた ≪Listen ⇒ Think ⇒ judge ⇒ decide ⇒talk (表出) ≫ を英語教育の最も大切なPrinciple とし,1年生から6年生まで、すべての授業をALTとのTeam-Teachingにより実施することとし、これまで3年間積み重ねてきた。 (Active Learning の重視) 

(b) ALTs meeting の組織化とALT研修の徹底
ALTの役割は極めて大なるものがある。小諸市では、ALTとの契約により勤務に関し、かなりflexibleに協力いただいている。例えば、3月(中学生対象)と8月(小学生対象)に毎年実施している2日〜3日の拍を伴うセミナーや、米国派遣の中学生のための夜間英語セミナーを初め、普通の授業日には夕方6時〜8時まで、HRTやJTEの都合に合わせて授業の打ち合わせや生徒の宿題のチェック等で協力をいただいている。
 ただ、ALTに対しては、本格的な指導が必要であり、4年前から、毎月定期的にALTのための研修を行っている。小・中・高校合わせて7名のALTs、指導主事と英語教育推進リーダーが参加し、英語で2〜3時間にわたり、英語教育改善のための検討会を開いている。(あ)児童や生徒に分かってもらえる英語の使い方(MERRIER Approach)の訓練、(い)それぞれのALTの授業を録画・編集したビデオを見ての批評・検討、(う) 教材の検討、(う)T ?T の課題、その他諸々がテーマとなっている。また、ALTs meeting で語りきれなかった点については、各自のアイディアや主張をメールで交換し合っている。メールでの意見交換は、授業改善にとって大きなプラスとなっている。

(c ) 小学校各校に英語部会立ち上げ
  昨年度からは、高学年では教科として教えることとなったためもあり、各小学校では、主として小諸市英語教育推進委員が中心となって、英語部会を立ち上げた。校内で直面している様々な問題を取り上げ、その解決に努めている。この部会が始まって以来、英語教育の課題を学年または学校全体が一体となって英語教育に向かう姿勢が強くなったように思われる。

C 小学校教員の英語力アップの工夫--- 「授業が道場」を徹底
--- HRTの英語使用力向上のための工夫--- Use English の目標を達成するためには、
HRTの英語使用力を向上させるための工夫が欠かせない。多忙な教員の勤務状況を考えると、特別に研修会を持つことは極めて困難であり、また、年に1〜2回程度の研修の機会を持つ程度では英語使用力や指導力の向上を期待することはできない。そこで、小諸市では、「授業が道場」を合言葉に、毎回の授業を活かして教員の英語使用力アップに努めている。この点は、非常に大切であることから、少々詳しく述べてみたい。

(a) HRT とALT とで次回の授業の打ち合わせを行う。この段階は、HRTが生きた
英語(communicative use of English)に触れる貴重な機会。検討の結果をHRTが英語交じりの日本語でまとめる。
(b) 授業開始前に、黒板に、Today’s Plan (or Menu)を英語で板書しておく。
狙いは2つ:(あ) HRTの英語使用力アップ、(い) 子どもたちに授業の中身を知らせ、心の準備をさせる。
(例) 1. Greeting & Casual Converstion (HRT & ALT will exchange casual talk; 
    Exchange some words with students, too)
    黒板には下記の例の如く事前に板書しておく。
2. Today’s plan ----(例) @ Review, A Song B Activity 1, C. Activity 2, D Reflection 


ALT が授業責任者のHRTに、What are we going to do today? と尋ねる。HRT は、授業の順序に沿って、例えば、次の様に、英語で生徒に分かり易く工夫して答えていく。
HRT: Well, today, we’ll review, first. 
ALT: You mean the practice of the days of the week?
HRT: Yes. Do you remember the first day of the week?
ALT: Sure. It’s Monday. What is the day after Wednesday?
HRT: (To the class) Do you know the answer?  (このように、二人で
Demoをしながら、進める。)
   ALT: What are we going to do next?
HRT: We’ll sing a new song? Could you tell me the name of the song?
ALT: Sure. It’s it’s phonics song.

 (c) いよいよ授業を始める。大切なことは、英語の活動に入る前に、必ず、HRTとALTと
で先ず、活動のDemoを行う。続いて、先生の内一人と生徒(volunteerなど)とで行
い、活動が複雑な場合は、さらに数名の生徒同士でDemoを行う。
 こうすると、(あ) HRTが英語を使う機会が自然に増える、(い) 活動について生徒の理解が深まると同時に、listeningの力が向上する、などの効果がある。
(d) 授業の終わりには、Reflectionを行う。(あ) HRTが日本語で、本時の授業で(言語面
  や文化面、など、生徒に気付いて欲しい点、記憶に残して欲しい点を短く述べること
  もあり、何も言わずに、生徒に発言させたり、「振り返りカード」(学校ごとに工夫) に
  記入させたりする。
 ALTは、必ず短い英語の表現で、生徒の良かった点や大切な点を述べることになっている (ALT Time と名付けて良い程、授業の大切な部分)。この部分もHRTにとって、学びの場面となっている。
(例) ALT: Many students raised hands. Their answers were very good.
I understand your English. I like your English. Thank you.
D 文字学習について
27年度からは文字学習も重視 --- 4年前から改善を加えながら全校共通のカリキュラムを使用しているが、27年度からは、すべての学校に共通の Reading and Writing Syllabus (3年〜6年用) を作成。29年度は、ALTにも理解できるよう、日英語で表記した。(あ)文字学習を、授業の初めに位置づける( 5〜6分程度)。年間を通して、文字学習を「帯学習 (module)」と位置づけ、各学校においては、syllabusに沿って実践することを期待している。 (い) 授業での学習と関連させて、授業外で子ども達が楽しみながら学べるようBooklet Homework を作成し、活用している。「楽しいHomework」は、それぞれのALTが新たな作品を創作し、HRTと相談しながら、timingや活用法を工夫している。

E Speaking 力向上の工夫
 5年生から6年生にかけて、次第に表現の内容が深まっていかなければならないのだが、単純な対話に終始している傾向があったことを反省し、英語のやりとりについて、工夫を重ねてきた。HRとALTの対話に深みを持たせるよう,Catch-ball-English (両者の英語のやり取り)の質的向上に努めるようにした。
 (a)  これまでは、What country do you like to visit? ⇒ I like to visit Australia. のよ
うなone sentence Q とone sentence Ans.のようなやり取りが主軸だった。考えを深めつ
つ表現するというレベルまで、なかなか到達できなかった。そこで、先ず、@ “and” 
と”but”, “And you?””How about you?”など、表現を広げる「繋ぎのことば」 を意図的
に導入して表現の幅を広げてみた。対話は、次のような流れになった。 例えば、
 (HRT) : “I like to go to Australia. How about you?”
 (ALT): “I don’t like Australia but I like to go to Italy and Spain.” 
 
(b) さらに、Why?, Who? ,When? など、疑問詞を多用することも導入した。子どもたちの返答は、one word やphraseで良いこととしたが、先生のcatch-ball- Englishについては、積極的に情報を増やして、内容を豊かにするよう心掛けた。ただし、先生の発するinput が、comprehensible English であるよう配慮していることは当然である。
例えば、次のような対話を重ねていき、既習の言語材料を、積極的に使用するよう努めている。
(HRT): I like baseball very much. Do you like to play baseball ,too?
(ALT): No, I don’t like baseball.
(HRT): Why? Why don’t you like baseball?
(ALT): I’m not good at baseball. I don’t like team-play.  But I’m good at sports like 
    swimming and marathon.
    
このような対話に慣れることによって、子どもたちは、考え、想像しながら対話の内容が理解できるようになるだけではなく、彼ら自身も、徐々に、and, but, How about you? Why? When 等を使って、対話を続けることが出来るようになってきた。
 
(c) 想像力を掻き立てるための試み --- 絵本の導入によるReading. --- 
 小諸市では、多種類の絵本を各学校に配布し、活用を勧めている。楽しく、想像力を誘う絵や挿絵を見ながら、Listeningを通して英語を理解する力の習得を期待している。HRTやALT、CDによるdramaticな朗読を繰り返し聞き、やがて子どもたちがgroupの中で、互いに読み聞かせを行う。クラスによっては、下級生を前に朗読をさせるという試みもなされている。下級生にとっては刺激になり、また、上級生にとっては、対象が下級生だということで、比較的リラックスして読み聞かせができるなどの利点が考えられる。

F 文字学習について
 「拠点事業」2年目の今年は、文字学習にも格別な努力を図った。
 (a) まず、3年生から6年生まで、Reading and Writingのカリキュラムを整理。
 (b) CAN-DO listも明確にした。学年ごとのCAN-DO listを簡略化してのべると、
   下記の通りである。
3年次Alphabet の主として大文字を正しく認識できる。また、体で文字の形を作ってみる。4年次Alphabet の大文字・小文字を正しく認識し、また、すべての文字をほぼ正しくかくことができる5年次基本的で限られた単語をtracing, copying などの練習を通して、書けるようになる。6年次基本的で限られた短文をtracing, copying などの練習を通して書けるようになる。
中学年及び高学年においては、Alphabetの文字を正確に書けることが基本中の基本としている。単語の学習としては,限られた基本語彙の学習にphonics rulesを活用し、子どもたちが楽しみながら学べるように努めている。
 また、学習の効率を考えて、4線ではなく3線を使って教育することにした。 
 29年度には、文字学習用のノートを2種類{中学年用と高学年用}を出版した。それぞれの学校と学年では、大いに工夫を凝らして活用し、成果を出して欲しいと願っている。

G その他の工夫
 小・中の連携について格別の注意を払っていることは当然である。例えば、小学校1年生から中学3年生までの一貫したCAN-DO listを工夫したり、今年の3月には小・中の代表が検討会を開き、4月〜5月の中学校1年生の入門期の教材と指導法を考えた。この成果は顕著であり、5月初めに市内の中学校のすべての1年生を対象に実施したアンケート調査の結果、中学校の英語の授業に抵抗は無かったか、という問に対して、多少あったが直ぐに馴れあという生徒の割合は、92%であった。

(3)おわりに
 紙幅の関係で記述ができなかったが、listening test, speaking test, Alphabet writingなど
計量的な評価と共に様々な計性てきな調査も実施し、一層の改善を図っている。評価として
力を入れている面として、指導主事と英語教育推進委員による日々の授業参観と、その後の
コメントによる評価を挙げることができる。各校の推進委員は、毎週木曜日までに、指導主事に次週の英語授業計画を提供し、指導主事は計画的にクラスを選び、訪問し、事後校長先生を通して授業者とALTに授業の改善点を届けている。このことは、授業改善に成果を上げていると考えている。
 大変雑駁な内容で恐縮ですが、読者の皆様からご感想などいただけましたら、大変ありがたく存じます。