日本の学校教育への提言
〜論理的思考力・コミュニケーション力がベースにあってこそ、外国語力は活かされる〜 井上 多恵子 |
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78号巻頭言(2005年6月25日発行) | ||
英語学習熱が高まっている。電車の中吊り広告を見るたびに、英語スクールの多さを実感する。私が社会人になった20年前は、国際企業と言われているソニーでさえ、「英語ができる」人は少なかった。幼少期と中学生時代をニューヨークで過ごし、学生時代に通訳や英語の家庭教師をしていた私は、海外営業部に配属され、英語で海外販売会社とのやり取りを行った。他部署には英語とは縁遠い人も多く、翻訳や通訳をしてあげると随分喜ばれた。 時代は変わり、今では、「英語ができる」人も増えた。海外生産も進んでいる。本社で推進している活動を理解・協力してもらう相手は、グローバルに広がっている。業務改革を進める際も、海外にも影響を及ぼすのかどうかを見極め、必要に応じ連絡書を海外にも送付している。私が編集を担当しているものづくりに関する社内広報誌も、日英併記だ。情報の多くが英語で書かれているインターネットから得られる情報量も、英語の読解力で大きな差が生じる。 最近では、「これからは、中国語も必要」とさえ言われており、「英語はできてあたり前」という感さえある。しかし、「外国語さえできれば、グローバルに仕事ができる」わけではない。自分がやっていること・やりたいこと・考え・相手に理解してほしいこと・やってほしいことなどをわかりやすく伝えることができる力がベースになければいけない。その上で、異文化に配慮しながら、考えを表面化するための道具としての日本語や外国語で伝えることができてはじめて、「グローバルに仕事ができる」のだ。 「日本語だったら伝える力はある」と言う人がいる。だが、母国語だからといって、「伝える力」は自然には身につかない。レジュメプロ パートナーとして行っている転職・留学用書類作成のコンサルテーションをはじめ、さまざまな場面で、ここ数年そのことを痛感してきた。「和文で作成した職務経歴書・志望理由書を外資系企業用に英訳」する依頼を受けることも多いが、ほとんどの場合、英訳以前に、和文自体に改善余地がある。自分を知らない第3者に対し、業務経験・成果・資質・応募理由や、なぜ自分が採用されるべきなのか、といったことを効果的に伝える力が不足している。成果主義の広がりとともに、日本の会社でも、どういう工夫をしてどういう成果をあげたのか、業績評価時等に説得力をもって上司に伝えなければいけなくなってきている。 ある仕事に関し、関係者に協力を要請する場合も、業務内容をわかりやすく説明し、アピールする作業を伴う。予算を獲得するためのプレゼンテーションでも、メリットと必要性をいかにアピールできるか、が勝負だ。社内広報誌に掲載する原稿も、どうしたら簡潔、かつ、説得力を持たせられるか、毎回頭を悩ませながら執筆や校正をしている。 アメリカ人は、小さい頃から、コミュニケーション能力を磨く訓練を受けている。私が通った中学校 |
でも、発表や討論の場が授業で用意されていた。フランスでも「自分の想いを言葉にする力」を磨く機会があるらしい。同国での駐在経験を持つ同僚によると、クリスマスになると、小学校にサンタクロースがやってくる。プレゼントをもらうためには、子供達は、なぜ自分がプレゼントをもらえるに値するか、をちゃんと言えなきゃいけない。必死になって理由を考える中で、子供達は成長する。 「思考プロセス」を紹介した「ザ・ゴール」という小説が、数年前日本でも話題になった。この「思考プロセス」を鍛えるための教育をアメリカで子供を対象に展開することを著者ゴールドラット博士が表明したそうだ。世の中に無数にある「対立」を「見える」ように図解化し、どうすれば、対立を解消できるのか、ロジカルに考えることができるよう、小さい頃から指導していこうというのだ。「日本人の問題解決力は、他国と比較してますます弱くなってしまうのではないか」という危惧とともに、この話を潟鴻Sの取締役副社長 酒井昌昭氏が同社のワークショップでされた。全く同感だ。日本では、対立自体を表面化せず、うやむやのうちに丸くおさめようとする。論理的に話しを進めたり、曖昧な点をはっきりさせたりすると、煙たがられることがある。敢えて曖昧なままにしたほうがいい場合もあるかもしれない。しかし、相手やプロジェクトによっては、例え日本人同士であっても明確化・可視化したほうがいいこともある。部署内で完結する仕事の割合が減り、組織横断的な、あるいは他社とのプロジェクトが増えてきている。共通の理解基盤がない場合も多いため、誤解が起きないよう、「いつまでに、どういう目的で、誰に、どういうことをしてもらいたいのか」を明確にすることが求められるようになってきた。 子供達には、自分の夢を実現するために必要な力を身につけて欲しい。そのためにも、日本の教育現場で、論理的思考力やコミュニケーション力の育成をして欲しいと思う。英語も大事だが、こういった力がベースになければ、役には立たない。英語のプロを目指すのでなければ、自分の伝えたいことを誤解されずに伝えることができるレベルがあればいい。むしろ、中身自体を磨くのに労力を費やすべきだ。何でもできるにこしたことはない。しかし、リソースと時間は限られている。国内でも海外でも活躍できる子供を育てるために、何が今一番必要か、優先順位を考えながら指導をすることが大事だと思う。 《略歴》 幼少期と中学生時代などをニューヨークで過ごす。東京学芸大学付属高校大泉校舎、一橋大学社会学部を卒業後、ソニー株式会社に入社。オーストラリア勤務などを経て、現在は本社のプロジェクトマネジメントに従事。 オフタイムには、TOEIC980点、通訳案内業の資格などを生かし、英文履歴書コンサルタント"レジュメプロ"のパートナーとして、外資系企業・国際機関への転職や留学を志望する人向けに英文履歴書などの作成代行・指導や、英語指導にあたっている。 共著に「英文自己PRと推薦状――磨こう!自己アピール力」(税務経理協会)、「プロが教える英文履歴書の書き方」を参考にして頂けますよう、お願い致します。 |