これからの派遣教員に求められること

      全海研・事務局次長(鹿児島・鹿屋市立田崎中学校)  久冨 雅仁

99号巻頭言(2014年7月28日発行)
【連れてこられた子どもと向き合う】
 「実はあの頃,つらかったんです。」この言葉を子どもの口から聞いたのは,彼女が日本人学校を卒業して5年が経ってからのことでした。
 「久しぶりに会いたいから何人かで地元まで行きます!」と連絡をもらったのは一昨年のことです。2003年まで勤めていた日本人学校の卒業生からの連絡でした。喜んで参加の返事をして,中学生の頃しか知らない彼女たちと居酒屋で一杯ということになりました。「そうか,一杯できるような年齢になったんだ」と感慨深くミニ同窓会に出かけました。地元の酒が入り,一通りの近況報告が終わり,日本人学校当時の思い出話になりました。砂漠でキャンプを張り,砂漠の中で空気中の水分を集めて飲み水が作れないかと実験をしたことや,七夕集会で小中学生50人が仲良く願いを短冊に記した事,昼休みには全校で鬼ごっこをしたり,ドッヂボールをしたりして楽しんだ事など,思い出がつきることはありませんでした。「あんなにみんなが笑顔だった学校に勤めた事はなかったんだ」などと喜んで話をしていました。そこで,冒頭の言葉が彼女の口から出たのです。
 最初,何のことだか分かりませんでした。喧嘩もなかったしなあ,文化祭とかも盛り上がったしなあ…などと,ぼんやり考えました。彼女の説明はこうでした。
「父親の仕事の関係で海外に行く事になった。地元の仲のよかった友達とはつらい別れをした。確かに日本人学校は楽しかった。でも,それは喧嘩ができないということ。喧嘩をすると,行くところがなくなる。だから,無理矢理にでも楽しいと思い込んだり,笑顔でいないと,自分には居場所がなくなってしまう。もちろんつらい思いばかりではないし,こうして卒業しても会いたいと思う人はたくさんいる。卒業して日本の高校に入ってからも2年くらいは帰国者だということがバレないようにしていた。つまらない憶測で私を見ようとする人もいるし,私の話が通じる相手は少ないと思っていたから。今ではずいぶんふっきれたし,むしろあの頃の自分があってこそ,仕事や生き方に自分らしさを盛り込もうとしているのだと思うようになった。これから先,もっと自分らしく生きていこうと考えている。」
 衝撃的な内容でした。当時の自分の子どもへの向き合い方を猛省しました。当時は小中合わせて50名程度の小規模校でしたが,7歳から15歳までが厳しい環境の中で,本当にたくましく,楽しく暮らしているのだと考えていたのです。宗教的にも自然環境的にも特殊な地域でしたが,それらを
受け入れ,日本文化も意識したカリキュラムの中で,子どもたちは生き生きと活動していると自負していたのです。
 自分から手を挙げて在外教育施設で学んでいる子どもはいません。保護者の都合で外国に住み,いつ帰国できるか,帰国する事が本当にあるのかという不安の中で生きています。短い周期で変わる派遣教員とは違い,桜の花も蛙も見た事のない生活を送りながら,日本の教科書を使って学習しているのです。川が一本もない国で,「みんなで“蛙の合唱”を,蛙さんになったつもりで歌おうね」と笑顔で話す先生に笑顔でつきあってくれているのです。文化祭の練習も,夏祭り集会のおみこしづくりも,レクリエーション大会も,本当に一生懸命です。だって,これら以外にできることがほとんどないのですから。日本人学校の敷地という場所がどれほど特殊なものか。
 もちろん,日本人学校や補習授業校,国によって子どもたちを取り巻く環境は異なります。しかし,国内に住み,生活体験が共通している仲間がいる地元の学校に通い,教科書の世界がすぐにイメージでき,喧嘩をすれば別の友達と関われる状況とは遥かにかけ離れているということでは,共通しているのではないでしょうか。
 在外教育施設は,子どもにとって,特別な場所です。子どもたちが本当に生き生きとし,本当に安心し,本当に学ぶ価値がある場所にすることが,派遣教員に課せられた最大の課題であるのです。

【国際的な視野をもつ】
 グローバル人材の育成だ,国際感覚を身につける…などと叫ばれますが,基本は「人が人を人として尊重できる態度」と言えるのではないでしょうか。多くの生きる知恵を知り,それぞれの工夫に学び,上からでも下からでもなくお互いを認め合える関係をつくること,この姿勢をもつことが国際社会で生きる上で本当に大切なことだと考えるのです。
 こう考えると,私たちができること,しなくてはならないことが見えてきます。日々の生活の中で,私たち自身が国際的な視野をもって授業をし,子どもを見つめ子どもに実践させているかと考えればよいのです。1枚の外国の風景の写真があったとします。その中に,いくつの知恵,工夫を見つける事ができますか?そういう目で見つめた事がありますか?
 国際的な視野は,力ではなく,センスです。